日々の出来事から、思ったこと、感じたことを綴らせてもらいます。
by nogi203
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さあ 世界史を語ろう。 第43回 軍制改革の成果は?

 西ゴート族はアラン族との接触から、馬の制御方法に新しい技術を学んだ。鐙と拍車である。この技術によって、ゴート族の騎兵は、馬の操作に著しい進歩をとげた。
 一方、ローマ軍である。ローマ軍はかって、ペルシャ軍との戦いにおいて、ヴァレリアヌス帝が捕虜になるという屈辱をうけ、以後、軍制を騎兵中心に転換し、弓馬隊も導入したはずである。にもかかわらず、西ゴート人のローマ侵入に際し、いざ戦ってみると、ゴート族の騎兵に主力の歩兵が殲滅されるという事態を招いている。
 これはいったいどうしたことであろうか。騎兵主体に転換したはずであるのに、なおも、軍の主力は歩兵集団であったということであろうか。それは、あの軍制改革が徹底していなかったということであろうか。なぜ、そのようなことになったのか。 
 ここに、軍人皇帝の登場がある。軍から推薦を受けて、皇帝位に就いた皇帝というのであるが、この軍というのは、ローマ伝統の重装歩兵の集団とみなすのが相当ではなかろうか。そのような重装歩兵の集団から推薦をうけた皇帝では、重装歩兵を後退させ、騎兵中心の軍制に転換するのは、相当に困難であったとおもわれる。そのことが、軍制の改革を中途半端に終わらせ、そのつけが新式の騎馬戦術を身につけたゴート族との戦いにおいて、はっきりとした形となって現れたのではないか。
 そして、その改革力のなさが、結局、蛮族のローマ劫掠を許したと解せるのではなかろうか。
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by nogi203 | 2005-03-05 17:00 | 歴史分析
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