日々の出来事から、思ったこと、感じたことを綴らせてもらいます。
by nogi203
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さあ 世界史を語ろう。 第31回 ローマの課税対策

 ローマはその勢力が拡大していくにつれて、周辺に同盟国を多く抱えることになる。しかし、その同盟内容は課税を求めるというのではなく、戦時において、軍役の負担を求めるという程度に収めていたという。これは、デロス同盟においてアテネが他のポリスに軍役を免除する代わりに、資金拠出を求めていたのとは、まったく反対である。その結果がローマとの道路網の整備という具体的成果につながっていく。

 ハンニバルの戦略の成否は、ローマに占領されたばかりのケルト人が、ローマに反旗をあげ、カルタゴに協力してくれることにあった、とみなしてよかろう。ハンニバルの政治認識では、占領ということについて、固定的な考えしかなかった。つまり、駐兵され、自治を奪われ、課税義務を負わされるという古い占領認識である。
 しかし、ローマの占領政策は違った。駐兵もしない、自治は認める、課税もしない、ただ、戦時において、協同して戦ってくれればよいというものである。こうした対等的な同盟者待遇をされている国に、解放を唱えても協力をえられるはずもない。そうした認識の足りなかったことが、ハンニバルの致命的な戦略的ミスというべきであろうか。
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by nogi203 | 2005-02-20 13:30 | 歴史分析
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