日々の出来事から、思ったこと、感じたことを綴らせてもらいます。
by nogi203
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さあ 世界史を語ろう。 第223回 イギリスのインド支配

 イギリスのインド支配が円滑に行なわれるための最も重要な条件は、インドの方からイギリスに植民地支配を要請することである。しかし、仮にそのような要請がインドの方からあったとしても、インド国内に表現の自由や議会制度の意味を理解しうる層が、インド国内に成長してきたならば、その時点でイギリスは自らの役目は終わったものとして、インドから撤退すべきであったろう。
 ところが、現実には、そのようなことは起こらず、逆に、イギリスは直接支配を強め、そればかりかインド国内をムスリムとヒンドゥーに分割して統治する方法を選ぶことになる。そもそも、委託された使命という大前提が崩れる中において、このような新たな統治方法を持ち出すということは、とうていインド国民の納得を得られるものではない。そこには、抵抗と圧制という混乱状態が待っているだけである。

 インドの民衆は、カースト制度によって身分が定められている。しかし、人間は本来、自由なもので、そのような身分制度に縛られる必要なない、ということをイギリス人はインドの民衆に教えなければならないと思った。ここで、イギリス人はいわば、インド民衆に対しての押しかけ教育者となったわけである。
 インド民衆からすれば、押しかけてまで教育しようとすること自体、大きなお世話というところであろうが、百歩譲って、その教育権をインド民衆の側から認めたとしても、認めたのは教育権までである。その教育権を超えて、自らを統治してもよいという権利までは認めたのではない。認めたのではない以上、インド民衆の方から自治を認めてくださいとイギリス側に請願すること自体おかしいといわねばなるまい。なぜなら、そのような請求をすること自体、イギリスのインドに対する統治権を正当なものとしてインド民衆が認めてしまったことになるからである。まして、ベンガル州の分割をイギリスの意思によって分割するなどということは、もってのほかというしかない。
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by nogi203 | 2006-01-17 13:28 | 歴史分析
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