日々の出来事から、思ったこと、感じたことを綴らせてもらいます。
by nogi203
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さあ 世界史を語ろう。 第197回 ウィーン体制構築

 フランス革命及びナポレオンは古い支配体制を根底から揺さぶった。その揺さぶる過程において民衆はナポレオンに率いられて戦ったのであるが,そのナポレオンが支配する側についたときは、民衆は今度はかっては自分達を支配していた古い支配層と共同して戦うということになってしまった。このことの影響はナポレオン支配から抜け出した後に重大なものとなって民衆に跳ね返った来る。
 もともとが対立関係にあったのであるから、いまさら協力関係を築くというわけにも行かない。対立関係を内包したままということになるが、いち早く指導的立場を築いたのは古い支配層の側である。ウィーン会議なる古い支配層を結集した会議を開き、ナポレオン退位後のヨーロッパの勢力図を民衆に図ることなく勝手に決めてしまおうとする。もちろん、それは自分達を守ろうとする意図に基づいているからフランス革命以前の勢力図に戻そうとするものである。
 会議そのものの意思がそのようなものであるから、フランス代表タレイランの主張する正当主義も十分に受け入れられる余地があったものと推察できる。しかし、このような古い石で新しい家を建て直そうとする試みも、ナポレオン支配からの脱出に民衆も協力したという事実を無視してしまうわけにもいかないのはいうまでもない。それを無視した新しい社会秩序が安定したものになるとは到底思えない。
 従って、ウィーン会議の目的は古い支配体制の復活と同時に政治参加へのきっかけを与えてしまった民衆の意思をどのようにして押さえこんでしまうかということもあったのではないか。そうした思惑があったればこそ、ロシア皇帝アレクサンドルの提唱する神聖同盟などという近代性にはほど遠い家父長制に基づく友愛精神を基調にした同盟にすら飛びつくことになる。
 もちろん、内容が内容だけにこの同盟で民衆を押さえきれる自信はない。自信がないからこそよけいに強圧的な態度に出ざるをえない。とすれば、その反作用として民衆の抵抗はますます強くなる。かくして19世紀は支配と被支配の関係を巡って波瀾の展開が予想されることになる。
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by nogi203 | 2005-11-20 16:42 | 歴史分析
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