日々の出来事から、思ったこと、感じたことを綴らせてもらいます。
by nogi203
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さあ 世界史を語ろう。 第164回 立憲君主制成立への道

 国王は三部会を召集し、そして国民議会を承認した。これで国民議会の決めたことに拒否権を行使しないとすれば、立憲君主制は成立したことになる。しかし、そのように簡単に立憲君主制が成立されては困る人々もいる。国民議会で決められたことによって不利益を受ける人々である。
 教会財産を国家財産として徴収するといわれれば、司祭、僧侶は明日から無一文である。封建的諸権利は貨幣で売り渡すことができるとすれば、貧乏貴族は裕福なブルジョアに取って代わられる。十分の一税を廃止するといわれれば、徴税請負人は仕事がなくなる。それよりもなによりも、人権宣言が承認され、主権在民が確立すると、国王の政治的権限はどうなるのか、などの重大な問題が生じてくる。そのような重大な問題が、たかが廃兵院で武器が奪われ、バスティーユで弾薬が奪われ、さらに市民軍が結成されたというだけで既成事実ととして認められてはたまらない。
 とても容認できないという空気が旧勢力側から生まれるであろうというのは、国民議会やパリ市民の側でも当然、予想していたことであろう。だからこそ、それに対する警戒も過敏なものとならざるをえず、革命を押しつぶそうとする動きがあると、すぐさま反応するような情況であったといってもよかろう。しかしそれは逆にいえば、、そうした情況に火をつけ、市民を煽るようなことをするものがいれば、たちまち革命は燃え上がることになるということでもある。そして、その役目を果たしたのが、ジャン・ポール・マラーであり、旧勢力である王党派が国王支持の動きを見せると、自らの新聞でその動きを報道し、革命を扇動する行為に出る。
 そうしてその扇動に乗せられたパリのおかみさん連中がヴェルサイユ宮殿に押しかけ、ルイ16世をパリに連れ戻すという事態に発展する。
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by nogi203 | 2005-09-09 14:42 | 歴史分析
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