南宋は滅んでも市民社会は残っている。市民社会にとって、最も政治に求めることは、社会の安定と安全である。それさえ、保証されるのであれば、政権が漢民族の支配下にあろうとモンゴル民族の支配下にあろうと構わないというのが本音であろう。そのことは、新たに中国本土の支配者になったモンゴル民族からすれば、市民的権益を擁護する政策さえ実施していれば、中国を支配することができるということでもある。
それこそが現実であり、現実を受け入れるからこそ、漢民族はいくらモンゴル民族が天命を受けて中国を支配するなどといって優越的は立場を強調しようとも、ことさら否定しようともしない。 実際、そうした現実を受け入れてみると、元朝社会は市民生活にとって、それほど住みにくい社会ではないかったのではなかろうか。その証拠となる第一の事実は、なによりも北方遊牧民族の侵入という漢王朝にとって宿命的な課題が解消されたことであろう。なにしろ、元朝自体が遊牧民族出身なのであるから、その侵入を恐れる心配がないのであるから。