日々の出来事から、思ったこと、感じたことを綴らせてもらいます。
by nogi203
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さあ 世界史を語ろう。 第89回 ナショナリズムの高揚

 ロシアが近代兵器で騎馬民族問題を抑えこんだといっても、騎馬民族はいつまた暴れ出すかもしれない。となると、騎馬民族への対策は以後も、続けていかなければならないことになる。それも、強化していかなければならない。というような状況下、ヨーロッパからはナショナリズムという新しい考えが流れ込んでくる。
 ロシアの、より強化された抑圧政策の中で遊牧生活を制限されてしまった騎馬民族は、この時、始めて民族としての自覚に芽生えることになる。このことは、ヨーロッパ側からみれば、近代兵器によって、騎馬民族の暴力的な活動は封じ込めることはできたが、新しい考え方によって新たな活動力を与えてしまったという見方もできよう。
 そして、そのナショナリズムに目覚めた側にトルコが加わったということが、以後の歴史をさらに複雑なものとする。
 トルコがナショナリズムに目覚めたのは、西アジアにおけるロシアとの対立からであったが、当のトルコ自身、その支配下に他民族を従属させていたから、ロシアに対してはナショナリズムを叫ぶ一方、支配下のアラブ民族等からはナショナリズムを叫ばれる側に立たされることになる。
 こうした関係の中、ロシアとトルコが同盟すれば、ナショナリズム抑圧派として連帯できようが、トルコが第一次世界大戦でドイツと同盟したため、ナショナリズム運動を協力して抑えるということが不可能となる。このことは、ナショナリズムを抑える側にもナショナリズムを叫ぶ側にも混乱をもたれすことになる。いったい、どこの国に支援を依頼し、どこの国と対立すべきなのか、という混沌とした状況が生まれたことになる。
 このような状況下、対ドイツという立場から、トルコを制する目的でアラブ側を支援するために介入してくるのがイギリスである。そして、その役目を担ったのがT・E・ロレンスというわけであるが、アラブ側としては、このような介入はお節介なものと受け取れなくもない。それを、軍事顧問としてイギリスの言うままに受け入れざるをえなかったのは、相応の軍事援助があったとしても、基本的にはナショナリズムに基づくアラブ民族の独立をイギリスが容認したという認識があってのことであろう。
 つまり、ナショナリズムのもたらした影響はそこまで強かったと言うことであろうが、ヨーロッパは自ら生み出した考え方であるにもかかわらず、いざ自分達がそれを受け止める側に回ってしまうと、矛盾した対応に終始せざるをえないということになる。
 というような経緯を辿ってみると、今日のパレスチナ問題は突き詰めて言うならば、騎馬民族問題の解決にまで行き着くことになろう。
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by nogi203 | 2005-05-12 14:10 | 歴史分析
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