私生活上の刑事事件で、労働者が懲戒処分を受けることはある。理由はそれによって、企業の社会的評価を低下させ、企業の円滑な運営に支障をきたす恐れがあるからとされている。しかし、処分をする時期については慎重になされなければならない。特に、有罪、無罪を争っている場合はなおさらである。客観的に起訴や判決を待つまでもなく、事実関係が明白であるならばともかく、そうでない場合は捜査が一通り終わって、起訴されるかされないかが決まるまで待つのが通常であろう。
ところが、今回の市川海老蔵の場合は違う。海老蔵は自分は手を出していないし、一方的に殴られたのであり、あくまで被害者であると述べている。そして、事件の具体的な詳細は捜査中であるということで答えを避けている。一般の企業が一般の従業員に下す処分ならば、慎重に行わなければならない時期である。にもかかわらず、松竹の迫本社長は「今後期限を定めず、海老蔵の出演を見合わせる」という処分を下してしまっているのである。海老蔵が正月花形歌舞伎には出演したいとコメントしていた事実からみれば、これは松竹が海老蔵の意向を押し切って下したものとみなせよう。
一般のサラリーマンが起こした刑事事件ならば、この段階でのこの処分はありえない。まして、酒の上での喧嘩沙汰ならばなおさらである。しかし、今回事件の当事者は市川海老蔵という歌舞伎界の大名跡を背負った役者である。一般の私人というわけにはいかない。半ば、公人という面もなきにしもあらずである。公人ならば、一般人と同じ処分基準というわけにもいかない。より厳しい処分であっても仕方はあるまい。それならば、通常の時期を早めて、松竹が処分を下したのも、それなりに合理性があったというべきか。