日々の出来事から、思ったこと、感じたことを綴らせてもらいます。
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対抗措置として。

 李明博大統領の竹島訪問に対する日本政府の対抗措置である。日韓通貨スワップ協定の見直しや国際司法裁判所への提訴、さらには両国首脳によるシャトル外交の一時停止などが候補に挙がっている。
 対抗措置と言えるかどうかわからないが、日韓関係上見直しを要求したいものに、社会保障協定上の通算規定がある。国と国との経済交流が盛んになると、他国に出向しなければならない社員が出てくる。すると、出向先の国に公的年金があると、出向社員は本国と出向国との両国で公的年金に加入しなければならなくなる。当然、保険料は両国で支払うことになる。いわゆる二重払いの問題である。この問題を解決するためには、本国で公的年金に加入していれば、一定期間(5年間)、出向国での公的年金加入を免除するという両国間の取り決めが必要となる。(適用免除規定) これが社会保障協定というものである。
 この社会保障協定には、通常、通算規定というものがある。本国及び出向国、両国での公的年金加入期間を通算し、それぞれの国で年金受給資格を取得すれば、それぞれの国での公的年金加入期間に応じて、それぞれの国から公的年金を支給するという取り決めである。韓国との間にも社会保障協定は締結されているが、(2005,4)、この通算規定はない。その理由は以下のとおりである。

 「韓国の年金制度は施行から歴史も浅く、(1988年施行、加入期間20年以上で年金支給、それ以下の場合、減額年金支給) まだ平均加入期間が12年で短いことから、年金加入期間の通算を行ったとしても、当分の間は日本の最低加入期間(25年)の受給要件を満たすことが困難であるから、協定には通算規定を設けない。」 というものである。

 確かに、協定締結時、日本ではすでに日本及び韓国での公的年金加入期間を通算して公的年金受給資格(25年)を取得している人たちがいたのに対し、韓国では公的年金スタート時からまだ年月も浅く、日本及び韓国での公的年金加入期間を通算しても年金の受給資格のない人がたくさんいたであろうと推測できる。その状況で通算規定を設ければ、日本側は韓国在住期間分の年金を韓国政府から受給できたのに対し、韓国側は日本在住分の年金を日本政府から受給できないというケースが多発したと想定できる。従って、通算規定を設けなかったことには、それ相応の理由があったともいえようが、その結果、適用免除期間(5年間)を超えていずれかの国に在住した場合の保険料二重払の問題は残ったままになった。わずかに日本政府が交渉で勝ち取ったのは、適用免除期間(5年間)を不測の事情があった場合、3年延長できるという規定を付け加えただけであった。
 しかし、協定締結時からすでに年月も経過した。韓国での公的年金もスタート時から(1988年4月)、相応の年月が経過している。それよりもなにも、今般、日本では社会保障・税一体改革法が成立し、年金受給資格に要する加入期間が現行25年から10年に短縮された。このことによって、韓国側が通算規定を拒否できる理由はなくなったといえるのではないか。なぜなら、協定締結時において、韓国側は、日本の最低加入期間(25年)の受給要件を満たすことが困難である、ということを理由に通算協定の締結を拒否したのであるから。25年が10年になったのであるから、この理由が意味のなくなったことは明らかである。当然、日本政府は今こそ社会保障協定に通算規定を設けることを要求すべきである。ましてや、このような時期、韓国政府に対し、何の配慮もいらない、というべきであろう。
 
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by nogi203 | 2012-08-22 14:18 | 年金話あれこれ

10年遅れた。その2.

 山口新一郎年金局長が「10年遅れた」と言ったのは昭和60年である。昭和60年の10年前とは昭和50年である。では、昭和50年とはどんな年か。昭和50年とは昭和48年の2年後であり、そして、昭和48年とは石油ショックの年である。石油価格が4倍になり、安い石油を基に右肩上がりの経済成長を謳歌していた日本経済は、突然その前提を失った。そして、その影響が直接及ぶことになるのが社会保障政策であった。
 昭和48年は福祉元年といわれるように、医療、年金給付が大幅に拡張された年である。医療では老人医療は無料になり、高額療養制度が創設され、健康保険の家族給付が5割から8割に引き上げられる、年金制度ではモデル年金として5万円年金が設定され、給付乗率の1000分の10が維持されたまま、過去の賃金水準が直近の賃金水準に再評価され、さらに定額部分の単価も1000円が1650円に引き上げられて年金額は飛躍的に上昇する。その上、在職老齢年金の支給規制も緩和され、物価スライド、及び年金受給者に対する賃金スライド適用もあり、まさに大盤振る舞いというべき社会保障政策であった。
 そうしたことが可能になるというのは、安い石油価格による経済成長がこのまま続くと仮定していたからであるが、石油ショックはその可能性を一気に消滅させてしまった。となると、高い経済成長を前提としていた社会保障政策もその時見直さなければならなかったはずであり、だからこそ、山口新一郎年金局長は「10年遅れ」たといったのである。
 同様の危機感は政治家も持ったはずである。しかし、政治家と官僚ではその地位の保証基盤が違う。選挙の洗礼を受けなければならない政治家は、得票数の減少につながる社会保障の給付削減など言い出せるわけがない。結局、社会保障における給付削減は、昭和58年に設置された第二臨調の提言に頼らざるを得ず、政党政治の無力さを示すことになる。
 その第二臨調は医療保険では高齢者にも自己負担を求める老人保健制度の創設を提言する一方、年金では基礎年金の創設を提言することになる。その際示した基礎年金の給付水準は60万円であったが、60万円の根拠として示したのは全国消費実態調査や総理府家計調査、老人の生活保護基準など最低生活費あるいは実際にかかる生活費を示した資料であった、という。
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by nogi203 | 2012-08-02 15:50 | 年金話あれこれ