日々の出来事から、思ったこと、感じたことを綴らせてもらいます。
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さあ 世界史を語ろう。 第246回 アメリカの繁栄

 資本主義が円滑に機能するには、次ぎの三つの要素が必要である。
 ① 市場が存在するか否か。
 ② 存在するとしたら、その市場は開放されているか。
 ③ 市場が開放されているとしたら、その市場を構成する購買層に購買力があるか否か。
 第一次世界大戦後のアメリカには、世界の金の半分以上が集まっていたというのであるから、アメリカそのものが大きな市場であったことは疑いない。しかしながら、そのアメリカにおいて市場が開放されているか否か、となると高い関税が示すように不充分であったと言わざるを得ないであろう。そして、購買力の問題についても、産業合理化の結果によってリストラされた労働者に対して、新たな雇用の場を提供してこなかったという意味で、多いに疑問があるといわざるを得ない。
 となると、アメリカには確かに市場は存在していたが、その市場における購買層には購買力がなく、まったく市場としての価値がなかったということになる。そして、こうした構造的な問題は、国民大衆には知らされていず、知らされていない国民大衆はうわべだけの経済現象にのみ惑わされて、アメリカの永遠の繁栄を信じ、株式市場に投資を続けていたと解せるのではなかろうか。
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by nogi203 | 2006-02-28 16:38 | 歴史分析

さあ 世界史を語ろう。 第245回 中国共産党とコミンテルン

 革命いまだならず、という言葉を残して死んでいった孫文の言う通り中国には軍閥が割拠し、全土を統一する政権は存在しない。その全国統一が成ってこそ、始めて孫文の言う革命は成功したといえるのであり、その使命は当然、孫文の遺産を引き継ぐ広東政府にあるというべきであったろう。
 だが、その広東政府は内部では右派、左派に分かれている。当面、右派勢力の方が優勢ではあるが、左派にはコミンテルンの支援が控えている。コミンテルンとしては、ブルジョアジーであっても革命的であるならば、協力して反帝国主義闘争に当たるべしということを基本的な方針とはしている。とはいっても、素直にブルジョアジーの支持に従っておくべしと言っていないであろうから、左派独自に行動を起こすこともありえる。
 そのような不安定な状況下において、反英を唱えて見ると、5・30事件に続いて、南京の外国租借地を対象とする南京事件、そして香港ゼネスト事件などが左派主導で勃発し、ブルジョアジーの不安を増大させる。となると、広東政府内の左派、右派の争いが表面化することになるが、それは中国の国内問題である。あくまで、中国人同士の解決に委ねるとする幣原外交は、その点で正しかったというべきであろう。
 では何故、中国にとって日本だけが反帝国主義の対象となっているのであろうか。それは、ひとえに三国同盟に原因があると解せるのではなかろうか。即ち、三国同盟を締結したことによって、日本はドイツに荷担したということになる。そのドイツはイギリス、フランス、ソ連と戦争を行なっている。ソ連にとって、イギリス、フランスは味方であるから帝国主義国家であったとしても、非難するわけにはいかない。その点、日本はドイツ側であるから、ソ連の敵であり、コミンテルンの制約を受けずに非難ができる。つまり、日本はソ連と戦ったドイツの同盟国であると理由で中国共産党政府から敵視されなければならなくなったということである。
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by nogi203 | 2006-02-26 13:50 | 歴史分析

さあ 世界史を語ろう。 第244回 青島返還

 中国はドイツの敗戦により、青島(チンタオ)が中国に返還されるものと思いこんでいたのであろう。しかし、ヴェルサイユ会議の結果は、日本に統治権が承継されることになった。返還されると思い込んでいたものが、返還されないことになったのであるから、失望は大きい。そして、その失望は青島統治権を承継した日本に向けられることになる。
 その結果が、5・4運動といわれる排日運動へと結びついて行くが、中国側にも甘いところがあるといわねばならない。現実に青島からドイツ軍を追ったのは日本軍であり、中国は何の貢献もしていない。統治権返還を求めるのであれば、何らかの貢献は見せておくべきであったろう。
 さらに、仮に中国に返還されるとしたら、ドイツを追った日本に対して、その費用を弁済するぐらいの誠意を示すべきであろう。もちろん、中国はそのような意思表明などしない。というと、中国の要望はあまりにも、図々しいといわねばならない。
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by nogi203 | 2006-02-23 13:30 | 歴史分析

さあ 世界史を語ろう。 第243回 日独伊比較

 ムッソリーニのファシスト党は議会で多数を取ったわけではない。にもかかわらず、組閣ができたのは、国王の大命を受けたからである。これは、大日本帝国憲法下における日本と同じである。ということは、当時のイタリアの憲法も大権が国王にあると定めていたのであろう。
 ムッソリーニはこの大命を受けて立法権を行使する。その結果生まれたのが新しい選挙法であり、これによってファシスト党は議会の3分の2を制することになる。これに対して、議会は何の抵抗もできない。当時のイタリア憲法の下では議会は議決機関ではなく、単なる諮問機関でしかなかったのであろう。これも、日本と同じである。
 ということを見てみると、日独伊三国同盟で議会で多数を制した結果、政権を担当するようになったというのは、ナチス・ドイツだけということになる。そのナチス・ドイツもドイツを戦争に引きずり込んでいったのであるから、議会制度が確立されているというだけで、すべてがよい結果に導かれるものではないということができよう。
 しかし、そのことは、いいかえれば、ヴェルサイユ条約がいかに当時のドイツ国民を苛めていたかということでもあり、その破棄を訴えるヒトラーにドイツ国民が投票したのも当然という見方もできよう。そして、そのヴェルサイユ条約を押し付けたフランス、イギリスにも第二次世界大戦の責任はあるということになろう。
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by nogi203 | 2006-02-21 13:51 | 歴史分析

さあ 世界史を語ろう。 第242回 ムッソリーニの支援者

 ムッソリーニは課税対策によって、財政の均衡を回復したという。ということは、増税したのではないかと思えるが、増税すれば、民衆は反対するであろう。ところが、民衆もムッソリーニの経済政策を歓迎したというから、民衆への増税はなかったと見なければなるまい。とすれば、資本側から徴収したのかと思えるが、ムッソリーニと大資本との関係は密接であったとされ、大資本から徴収したとも思えない。
 さらに、土地開拓事業で失業者に職を与えたとされるが、それは、公共事業ということであろう。となれば、公債を発行したのかとも思えるが、財政の均衡を回復したのであるから、公債の大量発行など行なったはずはないであろう。
 となると、ムッソリーニはどこから資金を調達したのであろうか。そこに、アメリカのメロン財閥が一億ドルの融資を行なったという話しがある。ムッソリーニの資金はおそらく、その一億ドルであったのであろうが、その内容は、仮に、借款であったとすれば財政の均衡を回復したことにはならないから、おそらく、寄贈という形で行なわれたといえるのではなかろうか。そのことは、それ程、当時の大資本家が世界の共産化を恐れて、共産党の勢力伸張を抑える勢力としてファシストに期待していた証明といえるのではなかろうか。
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by nogi203 | 2006-02-18 15:18 | 歴史分析

さあ 世界史を語ろう。 第241回 ファシスト台頭

 ムッソリーニが組織したファシスト集団は過激な政治主張を行なってはいても、そこに格別、深い政治理念が含まれているものでもない。ヴェルサイユ体制から受ける不平不満を感情的に、述べているにすぎない。ただ、その政治主張に暴力が付随しているところが、同じヴェルサイユ体制に不平不満を持つ資本家や農民と違っているところである。となると、そこに同じヴェルサイユ体制に不平不満を持つもの同士として、連帯するという可能性もなきにしもあらずということにもなろう。そして、それは、共同の敵を見つけた時に、現実化する恐れがあるということになる。
 というような状況下において、農民は革命的風潮から利益を得ている労働者にねたみを抱き、資本家は共産化することへの恐怖から労働者を敵視するようになると、労働者を共通の敵として、ファシズムを利用しようとする考え方が生まれてくることになる。ここに、ムッソリーニが台頭する社会状況が整ってきた。
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by nogi203 | 2006-02-17 14:54 | 歴史分析

さあ 世界史を語ろう。 第240回 労働党台頭

 イギリスは議会制度を生み出した国である。そのイギリスから見れば、ロシア革命は議会制度を否定して政権交代を行なったように見える。そのような経緯から生まれた国を、議会制度生みの親であるイギリスの政党が、正当な政権として認めるわけには行くまい。しかし、それでもイギリス国内には産業革命で生み出された多くの労働者がいることは紛れもない事実である。その労働者の利益は従来、自由党が代弁してきたのであるが、ロシア革命の経緯がそのようなものであるとすると、自由党としても代弁することは難しくなる。
 その結果、自由党は保守党よりの政党に傾斜せざるを得なくなるが、それでは、労働者の利益を代弁する政党が消滅してしまうことになる。利益を代弁する政党がないと、それこそロシア革命と同じく、議会制度を否定しても政権を奪取しようとする政党が生まれかねない。この困難な問題を解決するのは、労働者の利益を代弁する新たな政党が生まれればよいわけである。こうして、労働党という新しい政党が労働者の利益を代弁する政党として台頭してくるわけであるが、これは暴力的な革命を事前に排除するためのイギリス国民の合理的な解決策として評価しうるものではなかろうか。
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by nogi203 | 2006-02-15 14:12 | 歴史分析

さあ 世界史を語ろう。 第239回 フラン切り下げ

 フランスはドイツへの安全保障を、ライン左岸をドイツから切り離すことによって実現しようとした。しかし、それは英米の反対によって実現しなかった。英米はその代わり、フランスへの軍事支援を約束したが、その約束は守られなかった。元々、孤立主義的傾向のある英米のそのような約束に期待することが間違いだったわけである。
 となると、フランスがドイツへの安全保障を確立するためには、ドイツと協調的な関係に入る以外にないことになる。ところが、フランスの行なったことは、ルール地方の占領や多大な賠償金の賦課などドイツとの関係を悪くするものであった。そのため、フランスは国内の財政状態を悪化させるという事態を迎えるが、その危機を切る抜けたのは通貨の切り下げによってであった。しかし、通貨の切り下げは相手国との関係もあって、一方的に行なうことは国際関係を悪くするものである。
 にもかかわらず、踏み切ることができたのは、国際貿易を実質的に支配する英米の同意があったからではなかろうか。しかし、なぜ英米はフランスの通貨切り下げに同意したのであろうか。それには、やはり、フランスの対ドイツへの安全保障契約を英米の都合で履行しなかったという負い目が関係していると解したい。つまり、フランスは安全保障上の損失を通貨の切り下げという代償で償わさせたというわけである。
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by nogi203 | 2006-02-14 13:34 | 歴史分析

さあ 世界史を語ろう。 第238回 ケマル・パシャ

 メフメット6世の亡命によって、オスマン帝国はその幕を閉じる。それに対して、ケマル・パシャはスルタンは自殺したのだと演説で述べているが、まさに、そのとおりであろう。ケマルがスルタンの動員解除命令を無視して、トルコ軍の指揮権を握った時、まだトルコ軍はスルタンへの忠誠心を捨ててはいなかった。にもかかわらず、ダマト・フェリト・パシャはケマルに対して死刑判決を下すなど連合国側に迎合した態度を取りつづけた。この時、スルタンがケマルを支持し、トルコ国民と一緒にイギリス、フランス、ギリシャ軍と戦う決意を示していたならば、スルタン制は生き延びることができたであろう。

 ケマルの訴えにトルコ国民が即座に応じたということは、従来のスルタン政府に対する不満がそれほど蓄積されていた証拠であろう。ヨーロッパの戦勝国に媚を売ってまで地位の保全を図ろうとするスルタンと、その政府のやり方に対し、トルコ民族は民族としての誇りが許されなくなっていたのであろう。
 そのような状況下において求めていたのは、民族が一致団結して、ヨーロッパの戦勝国に立ち向かおうという呼びかけではなかったか。ケマルの呼びかけは、まさにそうしたトルコ民族の期待に応える呼びかけであり、そこには、一切の打算がない。あるのは、ただ、民族の自立を求める純粋な情熱だけである。
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by nogi203 | 2006-02-13 13:45 | 歴史分析

さあ 世界史を語ろう。 第237回 ヴェルサイユ講和会議

 ヴェルサイユの講和会議では、様々なことが明らかになった。それは、今、自分達の住んでいる世界には様々が問題が起こっているということ、そして、そうした様々な問題は一度に解決できないということ、解決するならば個別に分けて行なわなければ、とても手におえないということでななかろうか。
 ヴェルサイユに持ちこまれた問題は、単に戦勝国と敗戦国の間に存在する問題だけではない。当事者間の問題だけであるなら、仲裁国が入って解決の道を探ることもできる。例えば、アルザス・ローレーヌ地方の仏独いずれの国かへの帰属問題などがそうであろう。しかし、ロシア革命が国内政治に及ぼす影響であるとか、ロシアという恐怖が消滅したあとの極東問題とか、そして、その後の世界に多大な影響を与えることになったパレスチナ問題など、関係国の利害が重なり合って、とても、当事者同士の間だけで解決できるものではないことも明らかになった。
 そもそも、これだけ多くの問題がヴェルサイユ講和会議に持ち込まれた原因はアメリカ大統領W・ウィルソンの理想主義的な資質によるところが大きい。アメリカがこうした国際会議に参加することが始めてであり、しまも、その代表がこうした理想主義者であるならば、弱小国からの期待が集まるのは当然であろう。しかし、理想だけで現実が解決されないのは、すぐに明らかになることであり、それだけ失望も大きくなるわけであるから、こうした現実的な場に理想主義者を出席させること、そのものの意義も問われかねないということになる。
 さらに、ウィルソンがその理想主義という看板にもかかわらず、日本の提唱した人種差別撤廃に反対したことは、その信頼性を失わせることになったのも事実であろう。
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by nogi203 | 2006-02-11 11:24 | 歴史分析