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さあ 世界史を語ろう。 第188回 民主主義の発展

 ヴァージニアを代表とするアメリカの旧支配層が、フロンティアを代表とするジャクソンの大統領当選を阻止しようとすれば、旧宗主国イギリスの支援を要請することも考えられる手段であったろう。しかし、1814年のガン条約以後、モンロー宣言を通じてアメリカはきっぱりとヨーロッパ大陸の介入を拒絶する意思を示している。とすれば、フロンティアが西へ西へと拡大し,新たな州が次々に成立するのを見ていれば,こうしたフロンティア出身の大統領がいつかは出現するであろうことは、当然予想されたことである。予想されたことであれば,ジャクソンの登場に多少の戸惑いはあったにせよ、ことさら暴力的な抵抗を示しても意味はない。
 さらに予想は、次なる具体的な構想に結びついていく。即ち、教育の問題である。民衆が参加する政治形態を容認するのであれば、民衆に社会一般に関する知識を持ってもらわなければ、愚かな者達ばかりが支配する政体に陥ってしまう。それを解消するには民衆を教育するしかない、と主張したホーレス・マンは民主主義の真の理解者ともいえよう。
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by nogi203 | 2005-10-29 16:53 | 歴史分析

学校長の証明

 義務教育終了前(満12歳未満)の児童を映画の製作又は演劇の事業について,子役として使用するには使用者は行政官庁(労働基準監督暑長)の許可を得ることが必要である。では、労働基準監督署長は何を基準に許可を与えるのか。要件は修学に差し支えないという学校長の証明と、親権者または後見人の同意である。
 自分の子供を子役に使ってもらいたいというのは親の希望であろうから、親権者または後見人の同意については問題は起こるまい。となると、ハードルは学校長の証明であり、当該子役を目指す子が通学している学校の校長がいかに映画、演劇の子役に理解があるか否かにかかってくる。理解のある学校長ならすんなり証明書を出してくれるであろうが,理解のない学校長なら証明は容易に出ないであろう。
 しかし、親は子供の在籍する学校を変えることができる。理解のない学校長であるならば、理解のある学校長のいる学校に転校させて、証明書を出してもらおうとするであろう。子供を子役に使ってもらいたいと希望する親にとっては、そのような理解のある学校長のいる学校についての情報には詳しいはずである。探し出すことにそれほどの困難はないであろう。となると、学校長の証明権は法律に明記されてはいるけれども、実質的には殆ど無力ということになる。
 しかし、理解ある学校長を探し出した親もそれで安心というわけには行かない。証明権は学校長個人の裁量権であるから、学校長が代われば証明が取り消されることも考えておかなくてはならない。そうした不安が払拭されるためには、映画、演劇における子役への理解が学校長の個人的裁量としてではなく,学校の基本的な方針として確立されている学校でなければならないということになろう。もとより、自分の子供を子役にしたいという熱意にあふれた親ならば、そうした方針の学校についても詳しい情報をつかんでいるであろうから、探し出すのもそれほど困難ではあるまい。
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by nogi203 | 2005-10-27 14:39 | 労働基準法の穴

さあ 世界史を語ろう。 第187回 アメリカの膨張

 イギリスはパリ条約によってミシシッピー川以東をアメリカ領土として認めたといっても、完全に納得したわけではない。元はといえばイギリス国王の許可の元に植民事業を始めたものを、造物主に附与された権利であると言い換えられたことが、もやもやとして残る。そこに,独立後のアメリカがフェデラリストとリカブリカンに別れ,そこからさらにウィスキーの乱なる国内紛争も実際に起こる。さらに付け加えるならば,ジョン・スローターなる人物によって紡績機械の製造技術までもがアメリカに盗まれている。それらのことは,情報として当然イギリス側にも伝わっていたであろうから、何らかの行動を起こしたい衝動にかられることになろう。そこで、イギリスが行なったことはインディアンとよばれたアメリカ原住民に武器を供与し、アメリカ連邦政府に打撃を加えることであったが、それがついには1813年の第2次独立戦争にまで発展していく。
 この戦争でイギリス側がとりうる最も効果的な戦略は圧倒的に優秀な海軍力を利用した港湾封鎖であろう。事実,アメリカ側の貿易業者は大打撃を受けるが,一方、国内の産業はイギリス商品との競争が回避されたことにより,保護政策を受けたと同じような効果を受けて,産業基盤を確立するという思いもかけぬ成果を生むことになる。
 といっても、イギリス側としてはそのような成果をみすみす見逃してしまうことは、戦争を始めた側として承服することはできない。叶うならば,再度、アメリカをイギリスの従属下に置きたいところであるが,独立後のアメリカの膨張はそのようなことを不可能にするほど急速で、かつスケールが大きいとみなければならない。ルイジアナをナポレオンから1500万ドルで買い取ったということや、イリー運河の開発により西部への進展がより容易になったこと、あるいは、国立銀行の設立をリパブリカンが認めたことで,フェデラリストとの対立が解消されたことなど、もはや手におえないぐらいにアメリカは拡大してしまう。これでは、いかにイギリスといえども干渉を断念せざるをえないということになろう。かくして、アメリカは真の独立を勝ち取ることになる。
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by nogi203 | 2005-10-26 17:09 | 歴史分析

事後重症と基準障害

 A君B君は共に20歳を過ぎ,国民年金保険料を払っている。その両君がある日、交通事故にあって、障害を負ってしまった。障害を負えば,国民年金から障害基礎年金が支給される。保険料を払っていなかったため障害基礎年金を貰えなかったという話はよくきくが,両君はその点きちんと保険料を払っていたので心配はないと思っていた。ところが、現実には両君は共に障害基礎年金を貰うことはできなかった。理由は障害等級に該当していなかったためである。障害等級は1級と2級があり,障害の状態について具体的な基準が細かく規定されている。その細かい規定に該当しない限り、いくら両君が障害を負ったとしても障害基礎年金は支給されない。
 落胆した両君は、その後,国民年金に対する信頼を失い保険料を納付することを止めてしまった。10年後,A君が負った障害は状態が徐々に悪化し、ついに障害等級に該当するまでになってしまった。障害等級に該当すれば障害基礎年金を請求することができる。しかし、A君は先の裁定請求以後、まったく国民年金の保険料を納めていないのである。大丈夫かなと思いながら請求してみると心配することはなかった。A君には障害基礎年金が支給されたのである。
 一方、B君の負った障害はその後,悪化も良化もすることなく裁定請求を行なった当時のまま歳月が過ぎていった。そんなある日、B君は運の悪いことに又、交通事故にあって障害を負ってしまった。今度の障害は前回より重く,国民年金法に定められた障害等級に該当していた。障害等級に該当していれば,障害基礎年金がもらえる。しかし、B君は前回の裁定請求以来保険料をまったく納めていない。それでも、おなじようにまったく保険料を納めていなかったA君も障害基礎年金をもらっているのであるから、自分も大丈夫だろうと思っていた。しかし、結果は支給されなかった。
 その原因はA君の場合は、事後重症による裁定請求であり、B君の場合は基準障害による裁定請求であるからである。事後重症という場合,従前に負った障害が歳月の経過と共に悪化し、ついに障害等級に該当するまでに至った場合をいうのであり,障害事由は同一であり、初診日要件及び保険料納付要件も従前の障害を負った時点の実績で判断される。A君は従前の障害以後、まったく保険料を納めていなかったが,事後重症であるため、要求される初診日及び保険料納付要件は従前の障害以前のものだけとなり、以後のことは今回の障害基礎年金に関する限り関係ないということになる。よって、障害基礎年金を受給できることになった。
 一方のB君は障害等級に該当することになった障害は従前の障害とはまったく関係のない別の事由によるものである。その場合、従前の障害を従前からの障害とし、今回の障害を基準障害として、初診日要件及び保険料納付要件は今回の障害についてだけについて求めることになる。すると、B君は確かに従前の障害時の場合は、初診日及び保険料納付要件は満たしていたが、今回の障害時に場合は、以後まったく保険料を納めていなかったのであるから、求められる要件に欠けることになる。
 従って、障害基礎年金は支給されないことになるのであるが,2人の間に違いが生じた原因を辿ってみると,生涯等級に該当することになった障害事由が従前のものと同一のものであったか、別のものであったという違いに辿りつくことになる。
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by nogi203 | 2005-10-24 15:54 | 年金話あれこれ

さあ 世界史を語ろう。 第186回 アメリカ合衆国憲法

 アメリカ合衆国憲法は妥協の産物であると言われるが,その代表的な例は下院は人口比例に基づいて議員選出数を決めるのに対して,上院は各州1名づつの議員を選出するという規定であろう。これこそが、合衆国は元から連邦国家として存在していたのではなく,13の国が独立戦争という非常事態に際して、暫定的にまとまったものであることの何よりの証といえよう。即ち,対等な立場で戦ったものが、いざ独立が達成されると相対的な劣位におかれるのは承服できないという考え方からであろうか。
 しかし、妥協の産物であるという例はそれだけではない。憲法修正への請求権が州議会にまで認められているということもその例ではなかろうか。日本の憲法では憲法修正の発議は衆参両院にしか認められていないが、アメリカでは上下両院の発議権はもとより、州議会の3分の2の承認の元に修正請求権が認められている。これは連邦議会と州議会の対立を妥協するための条文とも見られないこともないが,それよりも、憲法制定の連邦議会がそもそも新しい憲法を制定するために開かれたものではなく,単に憲法を改正するためだけに召集されたとものであったということに関係しているのではないか。つまり、新しい憲法を制定するには本来各州の同意が必要であったのが、このときは秘密裏に行われたということの代償としての、中央から州への妥協と解されなくもなくない。
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by nogi203 | 2005-10-23 17:38 | 歴史分析

さあ 世界史を語ろう。 第185回 独立宣言の起草

 植民地の多くはイギリス本国から許可状をもらって植民地事業を行なっている。しかし、こうした許可状においては、その範囲を厳格に定めておかないと,あとで必ず揉め事がおこる。許可状を受け取った側は自分に都合のいいように許可範囲を拡大解釈するし、許可を与えた方はそこまでは許していないと主張する。許していないのであるから、一定の制限を加えようとすると,許可状を受けた側はそれを圧制と非難する。圧制が単なる非難に収まっているうちはよいが、実力的な行動が伴うようになると,事態は一変する。一変させるきっかけを作るのは人である。アメリカ独立戦争において、そのきっかけを作ったのはパトリック・ヘンリーであり、サミュエル・アダムスらではなかったか。
 しかし、いざ独立をめざして独立宣言を発表するとしても、現実に植民地事業は国王から許可状をもらって始めたのであり,独立するのであれば、その国王の許可状発給権限を否定した上でなければならないであろう。となれば、その権限を否定するだけの強固な理論の提示が求められることになる。かくして、その時、独立宣言を起草した人々が生み出した理論が、自明の理として奪われることのない諸権利は造物主によって附与されたものである、という理論である。即ち、造物主という存在を設定することによって、国王より上位の存在のあることを示したのである。
 その際、キリスト教における創造神話は独立宣言起草者にとって、心強い法的根拠としての役割を果たしたものと理解することができるのではないか。国王は敬うべきものであるが,神はそれ以上のものである。だから国王の許可したものであったとしても、神がそれ以前に与えてくれたものであるならば、権利として行使しても何の不都合のない、という言い分である。いかにも、強引な主張であるが、こうした強引さはその後のアメリカの歴史に付きまとうことになる。日本への原爆投下が上陸した場合のアメリカ兵100万人の生命を救うためであるとか、イラク侵攻が大量破壊兵器の製造を未然に阻止するためだとかいうのは、皆その例であろう。
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by nogi203 | 2005-10-21 15:24 | 歴史分析

中学生の母親殺し

 十二歳の中学一年生が自分の母親を殴り殺した。両親は離婚し、中学生は母親と一緒に暮らしていたという。母親は無職であったというが、国民年金の保険料は払っていたのであろうか。それとも免除申請を行なっていたのであろうか。いずれかの要件を満たしていたすれば、遺族基礎年金の問題が生じてくることになる。
 国民年金の遺族基礎年金は被保険者が死亡した場合,その者に妻又は子がいれば、支給されることになっている。その者とは殺された妻であり、子とは殺した中学生である。その妻が死亡したのであるから,遺族基礎年金は子に行くことになる。被保険者である自分の母親を殺しておいて、この結果である。不合理ではあるが、法律ではそうなっている。
 しかし、国民年金法には七十一条に被保険者であった者を故意に死亡させた者には遺族基礎年金を支給しないという規定がある。中学生は殴ったことは認めているが、殺す気はなかったと供述しているという。故意ではないと言っているのである。故意ではないとすれば,七十一条の適用はない。中学生には遺族基礎年金が支給されることになる。
 しかし、問題はもう一点ある。遺族基礎年金を受けるためには、死亡した被保険者に生計を維持されていなければならない。殺された母親は無職であったという。無職であった者に生計を維持されていたと言うのはちょっとおかしい。別れた父親が養育費を払っていたとすれば,生計を維持していたのは父親ということになり、その父親が生存していたのでは遺族基礎年金の受給権そのものが生じないことになる。しかし、父親が養育料を払っていなくて、母親が無職ではあるけれども慰謝料もしくは自らの貯金で生計を維持していたとなると,中学生に遺族基礎年金の受給権が行くかもしれない。もちろんそれは、殺害が故意ではないと認められてこそのものであることはいうまでもない。いずれにしても、これは相当微妙な話になることが予想される。
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by nogi203 | 2005-10-20 14:44 | 年金話あれこれ

さあ 世界史を語ろう。 第184回 黒人奴隷の必要性

 アメリカに渡ってきて事業を始めるには、資金が要る。その資金は本国イギリスの金融機関の融資に頼らざるを得ない。金融期間の方もアメリカ植民地での新規事業であるということから,ある程度のリスクは覚悟しなければならない。その代償として、本国では五分の利率で融資するところをアメリカでは八分もしくは一割の利率をつけたりするであろう。
 一方、融資を受ける側のアメリカでも、高利の資金の融資を受けたからには、その利息を超えるリターンをあげなければ事業としての成功はない。その事業を成功させるためのリターンをあげるためには生産性を上げるか、コストを下げるしかない。生産性を上げるためには生産設備を機械化するなどという方法が一般的であろうが,この時代ではまだそこまでの機械化は進んでいない。となると、方法としては、コストを下げるしかない。
 コストを下げるとは、人件費のことに他ならず、それも安い労働力ということになろう。となれば、求められるのは契約移民労働や黒人奴隷ということになり、生産性向上のためにそれらの労働力は益々必要とされることになる。とはいっても、いつまでも生産技術が発達しないわけではなく、いつかは優れた機械の発明が生産性向上に役立つようになってくる。そうなると、当初要求されていたリターンの実現も安い労働力に頼ることなく,機械化によって可能になってくるはずであるから、何時までも契約移民労働者や黒人奴隷は必要ではないはずである。にもかかわらず、アメリカでは契約移民はともかく黒人奴隷の導入は減ることがなかった。
 その理由として、確かに機械化によって安い労働力の必要性は減少したであろうが、アメリカ植民地事業に資金融資をする金融業者の方はそういう見方をしない。彼ら金融業者としては、機械化によって植民地事業の生産性が向上したというのであれば、その機械を導入するための資金をなお融資しようとする。つまり、彼らにとっては新しい融資先を見つけたということであり、そのためであれば、積極的に借金をすすめる。ちょうど日本のバブル期のような状況がこの時期、アメリカでも生じていたのではないか。
 そうして金融業者の薦めで新たに機械を導入すれば、それを使うための労働者が又必要になってくる。その労働を黒人労働者に求めたとしたら、黒人奴隷はいつまでも減らないということになる。
 
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by nogi203 | 2005-10-19 14:27 | 歴史分析

静岡7区、城内実前議員

 静岡7区の選挙戦で自民党公認の片山さつき候補に敗れた城内実前議員は自民党の離党勧告に従い、離党届を提出し,現在、求職中の身分であるという。求職活動の結果、就職情報誌の営業顧問として採用されたということであるが、あくまで顧問契約であり,労働契約ではない。労働契約ならば,期間の定めのない契約として労働法規上の保護を受けることができるが,顧問契約ということでは期間の定めがあって、期間が到来して契約が更新されないと、身分は元の求職者に戻ってしまう。そこには解雇予告とか、解雇手当とか、解雇権の濫用などという労働者を保護する法理の適用はなく,不安定な身分でしかないということである。
 労働契約上の保護がないということは、労働契約締結に伴う社会保険料負担義務も事業主にはないということであるから、城内前議員はそれらを自分で負担しなければならないということになる。その場合、何の手続きもないまま、従来どうりの保険料の払方を続けていれば、負担は増えるばかりである。そこで、すこしでも負担が軽くなるような手続きをすぐさま取らなくてはならない。
 まず最初は健康保険料である。前職が国会議員であるから、健康保険は任意継続被保険者となることができる。なぜなら、国会議員は年金は国民年金に加入しなければならないが、健康保険は国家公務員共済組合の被保険者となるので、継続した2ヶ月以上の被保険者期間があるであろうから、資格取得には十分である。
 任意継続被保険者となることの利点は何といっても保険料が安く済むことであろう。失職して国民健康保険に加入すると,保険料は前年の収入に基づいて算定される。前年の収入は国会議員としての収入であるから何千万円というものであろう。そのような収入を対象に保険料を算定されてはたまったものではない。もっとも、上限額があって、その額は確か五十数万円であったと思うが,それでも大きな負担に変わりはない。
 任意継続被保険者になった場合、保険料は自身の報酬と、自身が加入していた保険集団の平均報酬を比較して、低い方を保険料算定の基礎にしてくれる。その平均報酬は三十万円前後であろうから、ずいぶん負担は軽くなるはずである。もっとも、従来は本人分だけの負担であっが、事業主負担分もかかってくるので負担額は二倍になるが、それでも国民健康保険料よりは軽い負担で済む。なによりも、被扶養者として妻子を保険制度に加入させることができるのが有利である。
 この任意継続被保険者の資格は二年間、有効であり,(一年に短縮するという話もある。)ニ年経過後報酬が低下した後,改めて国民健康保険に加入するというのが失職者がとる一般的なコースである。
 そして年金であるが,これは申請免除の手続きを行なうべきであろう。その申請免除を受けた期間は十年間遡って追納することができる。もっとも、遡る期間が二年までの期間は現行の保険料額で追納できるが、二年を経過した期間の場合は利息をつけて追納しなければならない。
 不安定な身分で妻子を養わなくてはならなくなった城内前議員としては、少なくともこれらの手続きは是非行なわなくてはならないであろう。
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by nogi203 | 2005-10-17 16:04 | その他

さあ 世界史を語ろう。 第183回 アメリカという可能性

 バージニアの植民地がある程度の成功を収めたから、我も我もとアメリカに向かう者が増えたといっても,バージニアはタバコ栽培の成功で経済的な基盤を築いたものである。しかし、これからアメリカへ渡って、同じタバコ栽培を行なってもバージニアとの競争になって、成功するとは限らない。バージニアのタバコは、既に、イギリス市場でシェアを確保しているのであるから、今から参入していくのは容易ではあるまい。事によったらバージニアとのタバコをめぐる戦争に発展していくかもしれないのである。
 とすれば、新しくアメリカへ向かった人々はタバコ以外の農作物によって産業基盤を築こうとしていたのかもしれないが、その場合,その農作物が何であるかは決めていなかったであろうし、決めていたとしても,生育するかどうかもわからない。それでも、アメリカに向かったというのは、それほど,アメリカに可能性を抱いていたということなのではあるまいか。

 金のある者だけが恩恵を受けるというのでは、その制度は拡大しない。拡大するためには金にない者でも恩恵を受けられるという制度でなければならない。という意味において,年季労働移民という制度は画期的であったといわねばなるまい。即ち,渡航費がないためにアメリカへ渡ることができない者でも、アメリカへ渡って、年季労働を契約することによって、渡航費を立て替えてもらうという制度である。もちろん、立て替えてもらった渡航費を返済するために雇用主の元で不自由労働に従事する義務はあるが、この制度によって、移民が大幅に増大したことをみれば、その意義は十分あったとみなければなるまい。
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by nogi203 | 2005-10-14 14:29 | 歴史分析