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未適用事業所問題解消へ 社会保険庁の意気込み

 未適用事業所とは政府管掌健康保険や厚生年金保険に加入しなければならないのに加入しようとしない事業所のことである。加入しようとしないのは、保険料を支払いたくないからである。
 こういう事業所に対して、社会保険庁はこれまでも文書や巡回説明において加入させようとしてきたが、効果は限定的でしかなかった。しかし、社会保障制度の危機が叫ばれる中で、いつまでも、そのような事態を放置しておくことはできない。そこで、今回、社会保険庁はそれまでの態度を改め、職権を適用してまで加入を促進することになった。
 その職権適用の対象となるのは次の要件に該当する事務所である。
① 20人程度以上の従業員を使用すると認められる事業所。
② 重点加入指導を概ね、3ヶ月以上実施しても加入の届け出を行なわない事業所。
③ 重点加入指導を引き続き実施していくことが困難であり、2回以上の戸別訪問による加入指  導があった事業所。
 なお、重点加入指導とは、
 巡回説明による勧誘によっても、届け出を行なわない事業所を社会保険事務所に呼び出すこと。(但し、従業員規模5人以上の事業所優先)
 呼び出し、加入指導しても届け出を行なわない事業所に対する戸別訪問の実施。(但し、平成17年度は従業員規模15人以上、平成18年度は10人以上の事業所から優先的に行なう)

 さて、職権適用の内容である。
 もちろん、立入検査である。労働者名簿、賃金台帳、出勤簿、源泉徴収簿、給与所得者の扶養控除等申告書、年金手帳の提示などが求められる。事業主は立ち会って、それに対して、いちいち応じなければならない。そして、労働者の使用実績、賃金の支払い実績が確認されると、有無を言わさず、届出事務が強行され、適用事業所とされてしまう。
 後日、被保険者証が事業主に交付されるが、事業主はそれを被保険者に確実に手渡さなければならない。
 こういう段取りで立入検査が実施されるが、この立入検査を拒んだ場合はどうなるか。
 最終的には労働警察官に告発され、逮捕されることになるがそこまで行くには説得が行なわれることになるので一度だけの拒絶だけでは、まだ告発されることはないようである。
 しかし、そこまでのことを想定しているということは、社会保険庁が並々ならぬ意気込みで今回の職権適用に取り組んでいるとみなければならない。
 
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by nogi203 | 2005-04-30 14:00 | その他

さあ 世界史を語ろう。 第82回 イスラム創生

 安定した社会秩序の形成は、国家の最も重要な責任である。そのためには国家は法律を創り、予算を組んで政策を実施することになる。しかし、それは当然に巨額のコストを必要とする。そのコストをできるだけ少なくすることができれば国家にとって、これほど理想的なことはない。イスラムとはまさに、そうした社会秩序形成のための社会的コストをできるだけ少なくするためのシステムといえるのではあるまいか。
 イスラムとは献身を意味する言葉であるという。その献身を実現するため、イスラム社会は平等と相互扶助を社会的規範として共有している。その社会的規範は厳格であり、厳格でなければ社会的規範としての維持は困難である。そして、その維持を支える要件としては、なによりも公平であることであり、公平であるためには特別な人々への特別な取り扱いは絶対に許してはならない、と規定する。
 それゆえ、イスラムには神への仲介人であるとか、神の祭祀権を独占している部族とか、自らが神格性を備えているなどという人々は存在しない。彼らも我々同様、神に直接仕える存在であると規定するところに公平感、平等感が生まれ、相互扶助への主体的活動も生まれてくるというものである。そして、そうした考え方を生み出す元となったものこそ、マホメットが商業貿易の中心地であったメッカで目撃した、貧富の差の激しい社会の現実ではなかったか。
 普通、西洋合理主義の考え方からすれば、それは、社会革命や政治革命に向かうものであろうが、マホメットはそれをイスラムという共同体社会として認識させることによって、より低コストの社会への転換を図ったと解せないか。そして、その方がイスラム社会にも受け入れられやすかったともいえよう。
 かくして、イスラムは政教一体となってアラブ社会を席巻していくのであるが、このことは政治と宗教で人への支配権を棲み分けていた西洋社会にとって、新たな社会秩序混乱への誘発をもたらす要因として受け止められるであろう。となれば、そこには、社会秩序形成へのあり方をめぐってキリスト教とイスラム教との宿命的な争いのたねが蒔かれてことになるであろう。
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by nogi203 | 2005-04-29 13:56 | 歴史分析

さあ 世界史を語ろう。 第81回 騎馬戦術への対抗策

 騎馬民族との戦いをいつまでもを繰り返していても、容易に決着はつかない。機動力のある少数の敵に対して、機動力のない大軍が戦う場合の常であろう。とすれば、機動力のない大軍側は戦略を根底から見直さねばならない。
 騎馬民族側はその生態から、生活用具の自給が困難であり、供給を定着社会からの供給に依存せざるをえない。その供給源を断ち切れば、たちまち、遊牧騎馬民族は生活が困窮することになるのは明白である。となれば、遊牧騎馬民族が主に生活物資の供給をあおぐオアシス国家を制圧しておけば、戦略目的は達成できる。
 漢代において、こうした戦略目的の達成に十分な成果をあげた代表的人物といえば、班超ではなかろうか。西域に滞在すること31年、西域各地のオアシス都市を押さえた彼は、匈奴の生活資源を断ち切ることで、その勢力を減退させることに成功する。まことに、対騎馬民族作戦としては、効果的ではあったが、ただ、その結果として、遊牧民が西方へ進出するという事態を招き、ヨーロッパの社会を混乱させることになろうとは思いも及ばなかった。
 
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by nogi203 | 2005-04-28 13:40 | 歴史分析

さあ 世界史を語ろう。 第80回 騎馬戦術の誕生

 農耕民族国家が遊牧民族に戦争を仕掛けるとき、兵員の数では圧倒的に優位にあったであろう。しかし、そうした戦争の結果を見ると、農耕民族国家が勝利するということは少ない。このことは、遊牧民族国家の戦術が兵員の多寡を考慮外とするほどに優れていたということか。それでは、遊牧民族国家の戦術とは何か。それこそが騎馬戦術であり、その戦術の発見こそが、世界の歴史を一変させたといってもよかろう。
 
 いくら大軍でも、目の前に敵がいなければ戦争にはならない。とすると、寡勢の軍は大軍に対して敵がいない状態をつくりだせば、戦いを有利に進めることができるかもしれない。敵がいない状態をつくりだすとは、軍の移動によって可能となる。しかし、移動は敵対するもの同士、それぞれにとって可能であるから、ただ、移動するというだけでは前に敵のいない状態をつくりだすことはできない。そのような状態を移動によってつくりだすには、相手よりより早く移動する以外に方法はない。とすれば、どうすれば敵より、より早く移動することができるかという問題になる。
 その問題は機動力を強化することによって可能となる。機械力が未発達の時代、それを実現するものがあるとすれば、馬を利用することしかない。馬を用いた者こそ大軍に対して、目の前に敵がいないという状態をつくりだすことができるといえよう。
 このような軍事上の革命を実現されては、大軍を擁する軍隊といえども対抗しようがなくなる。かくして、騎馬民族の時代が始まるのであるが、そうして考えてみると、戦略拠点への兵力集中を特徴とするナポレオン戦法も騎馬民族の戦術を応用したものと解せなくもない。
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by nogi203 | 2005-04-27 13:56 | 歴史分析

介護保険の新予防給付

 介護保険のサービスというものは、本来、利用者が選択するものであろう。ところが、新しく始まる新予防給付というのはそうではないらしい。半強制的であるというのである。つまり、要支援、要介護1に属する人達の内、努力次第によっては介護度が回復するとみられる人達には、筋力トレーニング等のサービスを受けるように指導するというのである。すると、従来の施設介護や在宅介護は受けることができなくなるかもしれない。
 なぜ、このようなサービスを始めるのか。
 介護保険実施以来、わかってきたことは要支援、要介護1と認定された人達は、その後、介護を受けているにもかかわらず、要介護度は2、あるいは3へと悪化させている人達が多くいるということである。そのため、要支援、要介護1の人達に限って、それ以上介護度を悪化させないための対策が必要であるという認識が生まれた。
 というのが行政側の説明であるが、それは表向きの説明でしかない。
 介護度が悪化するというのは、介護に伴う保険給付の上限額も上がるということである。それはともすれば、保険財政の窮迫化を招く原因ともなるものであるから、介護度の上昇を押さえることは介護保険財政の健全性を保つために必要な対策である、というのが行政側の本音ではなかろうか。
 
 この新予防給付の従来の介護サービスと異なるところは、サービスのプラン作成がケアマネジャーに委ねられるのではなく、地域包括支援センターという新設の機関に委ねられることであろう。この新しい試みの意図は、ずばり、介護計画のプラン作成からなるべくケアマネジャーを切り離すことである。ケアマネジャーといっても、独立して開業している人もいるであろうが、大多数は介護支援事業者に雇用されている従業員であろう。そういう立場であると、どうしても、自らが属している介護支援業者の提供するサービスを利用者に薦めるたくなる。不要と思うなら、利用者もきっぱりと断ればよいが、強く薦められるとそうはいかなくなる。その結果、利用サービスが増えて、保険者の財政が苦しくなり、業者ばかりが潤うことになる。こうしたことの生ずることは、介護保険が始まったときから懸念されていたことであるが、まさに現実になっているといえよう。
 ということで、そうした問題を解決するために導入されたと解せるのが、新予防給付である。このサービスを利用するには、地域包括支援センターを介するのであるから、ケアマネジャーを介護計画作成プランから切り離すことができる。つまり、それは、介護支援業者の介入も切り離すことができるということである。行政側の保険財政健全化への意欲ともみられるが、利用者本位という介護保険本来の趣旨からすれば、やや、はずれた感がないでもない。
 いずれにしても、ケアマネジャー及び介護支援業者に対する行政の目は厳しくなっていることは間違いない。
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by nogi203 | 2005-04-26 13:54 | その他

さあ 世界史を語ろう。 第79回 西域専門家 張騫

 張騫は匈奴を挟み撃ちにするため、大月氏国と軍事同盟を締結をするために派遣される。その途中、匈奴に捕らえられ、前後13年に渡り留め置かれることになる。その間、妻帯し、子供までも生まれる。それほど、匈奴社会に溶け込んだということであろうが、その溶け込んだという事実と13年という歳月の長さは、張騫の匈奴情報もしくは西域情報に高い信頼性を付与することになったと解してよかろう。いわばそれは、張騫の西域専門家としてのキャリア形成期であったともいえよう。
 さらにその情報の信頼性を高めているのは、大月氏国との軍事同盟締結という使命が上から命じられたのではなく、官憲からの募集に張騫自ら、自分の意思で応募したという点にあるのではなかろうか。その事実は、張騫自身の西域に対する意欲の高さを示すものであり、信頼性の高さと直結するものであろう。
 従って、以後、中国社会が西域活動を起こすに際し、この張騫がもたらした西域情報は大いに利用価値があったものと思われる。
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by nogi203 | 2005-04-25 11:04 | 歴史分析

正社員とパート社員の賃金格差

 正社員とパート社員の待遇は均等でなければならないという法律はない。労働基準法第3条では、国籍、信条、社会的身分を理由として賃金、労働条件、その他の労働条件について差別的な取り扱いをしてはならないと規定しているが、パート社員という地位は社会的身分ではないという判例がでているので、賃金に差があっても違法とはならない。
 しかし、現実に賃金格差があれば見過ごしにはできない。ことに、同じ仕事をしていて賃金だけが違っていればなおさらである。そうしたことの不公平を訴えた裁判が丸子警報器事件(平成8年3月15日、長野地裁上田支部)であり、正社員の給料に対してパート社員の給料が80%以下であれば、公序良俗に反し違法であるという判決が下されている。 
 この判決によって、正社員とパート社員の賃金格差について一定の基準は示されはしたが、別の見方をすれば、正社員の81%以上の賃金を支給していれば、労働基準法にも、民法にも違反しないということになる。
 となれば、パート社員で事業の運営が賄えるのであれば、パート社員を使った方が人件費が押さえられるということになる。なにしろ、正社員の81%の賃金でいいのであるから。
 問題は果して、パート社員で運営できる事業があるかどうかである。それは、マニュアル化した作業で対応できる事業であれば、十分可能であろう。現に、フランチャイズ制のサービス業などは、そうした典型であろう。そして、そうした運営方式を全面的に取り入れられるのも、ひとえにパート社員の給料が正社員の給料の81%以上であれば違法性はないという丸子警報器事件の判例で示されているからである。
 しかし、こういう判例があるからといって、いつまでもその基準が通用するとは限らない。なぜなら、同様の件で、別の誰かが、再度、提訴して丸子警報器事件の判例が覆るようなこともあるかもしれないからである。同一条件同一賃金は労働条件の大原則であるから、その可能性は常にあるというべきであろう。となると、パート社員の活用を人事労務対策の核としている事業は、その経営方針の根幹が揺らぐことになる。
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by nogi203 | 2005-04-24 13:43 | 労働基準法の穴

遺族年金、同居17年、内縁の妻に。

 遺族共済年金は死亡した男性と別居していた妻と、17年間同居していた内縁の妻とでは、どちらに支給されるべきかという裁判があり、17年間同居していた内縁の妻の方に受給権があるという判決が、21日、最高裁第一小法廷で下された。
 裁判長は「男性と戸籍上の妻との婚姻関係は修復の余地がないほど形骸化しており、内縁の妻とは事実上婚姻と同様の状態にあった」と述べているが、裁判官の一人は「男性は勤務先には戸籍上の妻を被扶養者として届け出て、扶養手当を受け取るなどしており、形骸化とはいえない」として反対意見を述べている。
 そもそも裁判は、遺族共済年金が別居していた戸籍上の妻に支給されたことから始まったものである。支給した理由は別居が男性の側から始められ、戸籍上の妻に離婚の意思もなかったことなどを考慮したためとされている。
 この判断に無理はない。内縁の妻に遺族を事由とする年金を支給する要件としては、婚姻関係が破綻していることと、戸籍上の妻に離婚の意思があることである。この場合、婚姻関係は破綻しているが、戸籍上の妻に離婚の意思がないのであるから、要件を満たしているとはいえない。それが今回の判決では婚姻関係の破綻のみを取り上げ、離婚への意思、つまり、戸籍上の妻の合意という要件を退けたわけである。
 最高裁判決であるから尊重しなければならないが、最高裁判決であるだけに及ぼす影響は広くて大きい。特に、影響をうけるのは、企業の退職金規定である。退職金規定には、従業員が死亡した際の退職金についても規定されている。当然、戸籍上の妻と内縁の妻の場合の規定もある。
 原則は従来の判例に基づいて、婚姻関係の事実上の破綻と戸籍上の妻の離婚の意思がある場合には、内縁の妻に支給するというものである。
 そこに今回の最高裁判決である。従来どうりの支給規定を適用すれば、内縁の妻から提訴を受けることになろう。提訴を受ければ、敗訴することが予想される。となると、企業としては退職金規定を見直さなければならない。それも日本国内の全企業がである。
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by nogi203 | 2005-04-23 11:35 | 年金話あれこれ

出産費融資制度

 出産に伴い、家計は多額の出費を余儀なくされる。その負担を軽減するため、健康保険(第50条)、国民健康保険(第58条)では出産育児一時金制度を設けている。しかし、この出産育児一時金は分娩したる時となっているから、出産後でないと請求することができないものである。そして、請求しても口座に振り込まれるまでには2,3週間はかかるという。それでは、当座の間に合わないという人達もいるであろう。そういう人達のために用意されている制度が出産費融資制度である。
 この制度は、制度本来の趣旨としては苦しい家計を救済するものであるかのような感じをうけるが、申し込み要件に家計の苦しさというのは含まれていない。家計が苦しかろうが、裕福であろうが関係なく申し込むことができる。それならば、出産後、請求して口座に振り込まれるのを2、3週間待つよりも、出産前に貸付金として融資を受けておいた方が、より早く現金を手に入れることができるということになる。となれば、より早く現金を入手したい者は、この出産費融資制度を利用して、いち早く現金を入手し、出産後、請求した後に支給される出産育児一時金(30万円)と相殺した方がいいということになろう。なお、融資された貸付金は無利子である。

 となると、具体的な相殺の仕組みである。
 融資の申し込みは、妊娠4ヶ月以上で行なう時は医療機関が発行した出産費用の請求書が必要であるから、申し込みは請求書の提示を受けてからになる。但し、予定日より1ヶ月以内の時は、この請求書は不要とされるから、それまで申し込みを忘れていた人は、よりスムーズに申し込みができることになっている。
 請求書が提示されると、融資を申し込むことになるが、申し込み先は各都道府県に置かれている社会保険協会というところである。場所は電話帳で探せばわかる。そこへ行って、出産費貸付申込書という用紙に必要事項を記入し、必要書類を添付して提出する。必要書類は、医療機関発行の請求書、健康保険証、母子手帳などであり、提出すると出産費貸付借用書というものを書かされて申し込み手続きは終わる。
 手続きが終わると、被保険者本人の口座に希望した融資額が振り込まれるが、重要なのは後日支給されるはずの出産費育児一時金との相殺をどう行なうかである。いちいち、被保険者本人が請求手続きを行ない、支給された後、わざわざ社会保険協会へ返済に出向いていては、余計な手間がかかるだけである。そこで、その手間を省くため、社会保険協会は被保険者が融資申し込みをした後、被保険者の元へ社会保険協会を出産育児一時金の受取人とする出産育児一時金請求書を送付する。この送付されてきた請求書に必要事項を記入して、被保険者自身が社会保険事務所に出向いて請求手続きをすることになる。
 そうして、2,3週間後に出産育児一時金が支給されるのであるが、振り込まれる先は本人の口座ではなく、社会保険協会の口座である。つまり、この段階で貸し付けられた融資金と支給された出産育児一時金が社会保険協会の管理下で相殺されたことになる。
 これが、相殺制度の仕組みであるが、融資をうけた金額が出産育児一時金より少なかった場合、その差額が被保険者本人の口座に振り込まれることになる。もっとも、融資金は出産育児一時金の8割が上限とされているので、必ず差額は生ずることにはなる。
 以上が出産費融資制度の概要であるが、利用したい人は大いに利用してください。
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by nogi203 | 2005-04-22 14:34 | その他

さあ 世界史を語ろう。 第78回 節度使安録山

 安録山を節度使に任命したのは、宰相李林甫であるという。それからみると、節度使の任命権は宰相にあるようにみえる。しかし、李林甫を継いで宰相になった楊国忠は安録山を警戒視しながらも、節度使を解任することができなかった。任命権があるのに解任できなかったということは、宰相の任命権には何らかの制約がかかっていたと見るべきであろう。その制約とは言うまでもなく、皇帝の意思であろう。つまり、宰相の任命権も皇帝の承認がなければ、行使することができなかったということか。
 それだけ皇帝の政治的権威が高かったというべきであろうが、その政治的権威も実力が伴ってこそものである。安録山が反乱を起こし、玄宗皇帝がたちまちその反乱を鎮めたというのであれば、その政治的権威は保たれたということができようが、鎮めるどころか宮廷を脱出するまでに追い詰められ、結局、自らの力で収拾させられなかったというのでは、今までどうりの権勢はのぞめない。唐朝の政治的権威は一気に低下したのである。
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by nogi203 | 2005-04-21 13:43 | 歴史分析