日々の出来事から、思ったこと、感じたことを綴らせてもらいます。
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さあ 世界史を語ろう。 第63回 中国式制度

 制度は理想から生まれる。それはそのとおりであろう。しかし、制度は常に監視し、見直しを行なわなくては理想とはかけ離れたものとなってしまう。このことを証明したのが、魏王朝による九品中正制度と晋王朝による藩屏の形成ではなかろうか。
 九品中正制度は、優秀な官僚の採用を地方機関の推薦に委ねる。地方機関は九つの階級に分けて,中央に人材を推薦することになるが、地方機関として位置付けられたものが、地方豪族であれば、彼らに属するものだけが中央の官職に就くことになる。さらに、その職が世襲化されれば、優秀な人材を採用するという本来の理想は殆ど実現する余地がなくなる。
 藩屏の形成については、身内だから反抗しないであろうという思いこみだけが制度のの前提になっているのであるから、話にもならない。
 要するに、両制度とも理想だけが先行しその及ぼす影響については、思考が停止してしまったままというのが相当な評価ではなかろうか。実際には、制度を担保するものとして、九品中正制度では、厳格な資格要件による推薦条件の選別化、あらかじめの見直し制度の予定化、検証制度の法定化などが必要であろうし、藩屏の形成では、同族であるからという理由での不平不満をあらかじめ封じるための法定化、同族以外の者を藩屏として起用するための恩恵制度などを追加しておくべきはなかったか。
 しかし、そのように制度的欠陥の多い古代中国の諸制度ではあるが、ただ一つ、後世に継承されていく制度が、天命を根拠とする革命思想ではなかったか。
 それによると、天というものがまず存在し,天は天で自らの意思を持っている。その意思とは人間社会を治めるという意思である。しかし、天は人間社会に具体的な姿を現すことは出来ない。そこで、天の代理人として、君子を指名し、人間社会の統治を任せる、そして、その統治がうまくいけばよいが、天の意思に反し、統治を乱すことがあれば,天はその意思によって指名者としての君子を変えるという考え方である。
 この考え方を日本に移せば、天は天皇であり、天皇は自らの代理人として征夷大将軍を統治者として指名し,その責任を果たし得ないと判断すれば、統治者を変えるという考え方にも通じてくる。そういう意味では、日本は中国での諸制度のうち利用に耐えうる制度のみを、うまく導入したとも解せるのではあるまいか。
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by nogi203 | 2005-03-31 14:50 | 歴史分析

さあ 世界史を語ろう。 第62回 五丈原の戦い

 王業をなす者が、地方政権に甘んじていてはいけない、というのが孔明の五丈原への出征の大義名分である。地方政権に甘んじては、といっているからには、孔明は蜀漢を、自ら地方政権と認めたわけである。天下三分とはいえ、これでは三分は名前だけで実態を伴っていなかった、と評されてもいたしかたあるまい。
 そして、自らを地方政権というからには、戦いを挑もうとする魏は中央政権であると認めていることでもある。となると、五丈原への出陣は、地方政権が中央政権に対し,政権の奪取を図るための戦いとみなせなくもない。それが、奪取とみなされないためには、地方政権の側に正当生を主張しうる根拠が備わっていなければならないであろう。その場合,正当生を主張しうる根拠とは、漢王朝の皇帝を自陣に抱えているという事実である。即ち,玉を握っているか否かである。
 しかるに、この五丈原の戦いの時期、234年は、既に、漢王朝はその最後の皇帝献帝が曹ヒによって廃止された後のことであり,正当生に根拠をもつ王朝が存在しない時期であった。
 それは言いかえれば,対する魏の方にも正当性がないということであり、だからこそ、孔明も魏に対して戦いを挑むことができたと解せよう。
 とはいえ、自らを地方政権として自認している限り,中央政権に戦いを挑もうとしているは事実として認めざるを得ないであろう。正当性を主張する根拠もなく、中央政権に対等の立場で戦いを挑もうとするのは,勝算からいえば、殆ど、望みはないといってもいいのではなかろうか。
 仮に,前漢の皇室の承継者でも抱えていれば、官軍としての立場から、全国に召集をかけるということも可能ではあったろうが、それができないというのであれば、国力の相違がそのまま結果に現れるしかないであろう。それでも、あえて戦いを仕掛けたところに、義を重んじる孔明の面目があるとみたい。
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by nogi203 | 2005-03-30 13:50 | 歴史分析

さあ 世界史を語ろう。 第61回 ドイツとスイス

 国王権が伸張したので法王権は衰退したといっても、法王の存在が不要になったわけではないであろう。なぜなら、伸張した国王権同士で争いが生じた場合、間に入って調停役を果たすのに、超国家的な政治的権威が必要となるからである。
 その超国家的な政治的権威が法王というわけであるが、では、もう一方の政治的権威としての皇帝権はどうなるのか。結局、政治的最高権威などというものは、一つであるから価値があるのであるから、不要な存在ということにならざるをえない。これでは、皇帝権でまとまってきたドイツは、いよいよ分裂が激しくなるといわざるをえない。

 永世中立などといっても、一方的な宣言だけでは実現されるものではない。そこには、永世中立を認める国際的な合意が必要である。スイスの場合、その国際的な合意とは、ウエストファリア条約ということになるのであろうが、そもそもこの時期に、こうした国際的な会議が開催される気運が盛り上がったことが、スイスにとって運命的であったということであろうか。
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by nogi203 | 2005-03-29 14:16 | 歴史分析

ワイドスクランブルより 波野久里子さんとの会話

 水前寺清子さんと波野久里子さんの「ありがとう」の思い出話。なお、中は中村克弘アナウンサー。

水「さて、えー、チータのワイドな仲間達、今週は「ありがとう」でお世話になった
  方においでいただいてますが、こういうワイドショーは、あまりお出にならない
  方に来ていただいてます。
  すいません、ゲストの波野久里子さんです。」
波「こんにちは、うっふっふ。」
水「こんにちは」
  ありがとうの時は、あまり、しゃべってないですよね。」
波「だって、あなた、おいそがしいから。」
水「いや、そういうことじゃなくて」
波「まず、あの台詞だけで大変。この方えらいのは、二日稽古があっても、お見
  えにならないのよ。」
水「やめて、お見えにならないって」
波「お見えにならないのよ。それで代役の方が全部なさるんですよ。この代役の
  方が、すごい。パーフェクトでしたね。」
水「私に似てるの」
波「似てる」
水「そっくりね」
波「それにえらいのは、二日間のお稽古、代役の方の後、いらしても微動ざも変
  わらずに---」
水「さあ、さあ、今日もそこらへんから、上がったり、下がったりですよ。私のこと」
波「だって、NG、まず出さないでしょ、彼女は。それになんて言うの、止まんなさ
いというの---、あるじゃない、なんていうの?」
水「止まる場所?」
波「場所。寸分違いなく、止まられるんですよ。」
  だから、どのくらい夜中にお稽古してくるわけ。」
水「昨日は、便所が長くなったと言われたんですよ。長くなった時間が---、そこで
  やったんじゃないかって---。」
波「おトイレの中で。」
水「大空真弓さんが言うんですよ。」(笑い)
波「(この番組に)お出になって。」
水「昨日はだいぶ、いじめられたんですけど、今日はやさしいゲストでよかったと
  思って---。」
波「私は、すごい人だなーと思って。それから、本当にあの代役の人がえらかっ
  たですね。」
水「よくやって、いただいてね、ありがたかったです。」
波「だから、お話できないんですよ。台詞を覚えるので精一杯でしょ。」
水「それで、あの----」
波「ああー、出てる!」(第三部、志村愛と中央玉子が並んだ写真が画面にでる。)
水「ああっ、びっくりした。」
波「いやだぁー」
水「同い年が並んでいる。」
波「チータさんなんて、私、男の子かと思ってた、本当に。女っ気なんかなくて、
  あのぉ、中性でしたよ。私、久しぶりに25年ぶりにお目にかかって、イヤリン
  グをつけてんで、驚いた。あれ!チータさんが女になってる。(笑い)
  結婚なさったんですって?」
水「なさったって、。まる七年に---」
波「いいなぁ、女になれるんですね、こういうふうに---。本当にいい旦那様、おも
  らいになったんだ。」
水「こわいですよ、うちのは。」
波「うちのは、何してらっしゃるの?」
水「うちのは指揮者だったんですけどね」
波「やめさせて---」
水「今、私の仕事、全部やってくれてんです。」
波「山椒太夫に---」(笑い)
水「うわぁー、こわいんですよ。」
波「売り飛ばすわけ---(笑い)
  でも、いい山椒太夫にお目にかかってよかったたわよ」
水「鵜飼みたいなもんですよ。」
波「美しくさせてくださったんだから、とりあえず、25年前より美しくなって---。」
水「ちょっと待って、、とりあえずって、何」
波「女の方になってる、女性に---。」
水「困っちゃう----、
  あの、違うことお伺いしたいと思います。
  もう汗、本当に、やっぱり、汗がこんなに、今日も。」
あの、中村勘三郎さん(十七代目)のお嬢さん、それで、新派にあこがれて、
  16歳でお入りになって---。」
波「先代の水谷八重子先生にあこがれて---、入りまして---。」
水「でも、勘三郎さんの----、
  あっ、今、弟の方が出てますよ。」(勘九郎の映像が画面に流れる)
  どんな弟さんですか?」
波「私よりノーマルなんじゃないかな。(笑い) 
  まともじゃないかな弟の方が---。」
水「でも、私、お父様に会ったことがある?」
波「あのね、この方ね、すごい昔から、今でもそうかもしれないけど、非常にこだ
  わるのね、いい意味でね。
  父の中継があったんですよ、髪結新三っていうの。それで、久里子さん、昨日
  、お父様の見ましたよ、とおっしゃるの。スタジオで。だから、ああ、そうですか
  っていったんですよ、生意気に。そうかしらって、あなた、あんな大先輩の勘
  三郎に対して、そうかしらはない、私がいいと思ったし,---お父ちゃん、お母ち
  ゃんとおしゃるの、ご自分のお父さん,お母さんを?」
水「言ってました。」
波「お父ちゃん、お母ちゃんもすごく誉めていたんだからって、涙ためて怒るんで
  すよ」
水「変な女ですね。」
波「父にいったら、喜んでね、そういう若い者で---。
  どうしても、家に呼んできなさいって、ご無理を言って、来てくださったことがあ
  るの。
  自分のことなら怒るかもしれないけど、人のことを無気になるって、素敵なこ
  とですよ。」
水「でも、はっきりいって、同い年で性格よく似てるんですよ。無気になりますよ。」
波「でも、人のことで---、とりあえず、自分のことなら怒るかもしれないけど。
  えらいな、その涙、忘れないもの、今でも。じわっとね。」(笑い)
水「じわっとって----。(笑い)
  今度、舞台、演舞場」
波「はい、十月にね、三田佳子さんがご病気で降板なさいまして。その後、新派
  という劇団が引き受けさせていただいて。
  昼の部に、あの、明治の雪という---、急に落ち着いちゃったわ,(笑い)  ち
  ょっと宣伝させていただいて---、樋口一葉さんという作家さんがありますで
  しょ、その方の生涯を私がやらせていただくんですよ。
  夜の部は、水谷八重子さん、二代目水谷八重子さんの松井須摩子 女優と
  いうのを通し狂言で---。」
水「是非、拝見したいと思います。」
波「宣伝してください。」
水「十月、演舞場です!」(笑い)
波「はっ、はっ、はっ。」
中「今日も,チータ、大汗をかいてしまいました。それでは、コマーシャルです。」

水「今日はですね、あの、ゲストに波野久里子さんにきていただいて、ありがとう
  ございました。いかがでございましたか、2時間あまりでしたけれど。」
波「なんか、クラス会にきたみたいな気がして---。」
水「あの、もう本当に、舞台が十月、待ってますけど
  是非、私達も拝見したいと思います。」
波「本当にいらしてくださいよ。」
水「わかりました。もう、必ずまいります。
  本当に、ありがとうの皆さんに会いますと、私もとっちらかってしまうんですけ
  ど、明日のお客様が---。」
波「はい、どなたですか?」
水「うちのお母ちゃんでございまして、山岡久乃さんをお迎えいたします。」
波「お母さんが出てらっしゃいますか。」
水「はい、お母さんが来ます。」
波「おてやわらかに。」
水「母さん、お願いします。」
波「はっ、はっ、はっ。」
  
  
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by nogi203 | 2005-03-27 13:55 | ドラマ ありがとう

学生無年金障害者訴訟 控訴審判決

 平成3年以前、20歳以上の大学生は国民年金への加入は任意であった。その時期に国民年金に未加入であった大学生で、障害等級に相当する障害を負った者が、障害基礎年金の請求を求めた裁判があって、先日、その判決が下ったことは、ここでも書いた。判決は年金を支給しないとする決定の取り消しであったが、昨日、その判決に対する東京高裁での控訴審判決がでた。
 結果は、逆転判決。一審の地裁判決を取り消し、請求は棄却された。
 当然のことであろう。このような請求を認めていては、制度を維持することが益々困難になるばかりである。
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by nogi203 | 2005-03-26 13:43 | 年金話あれこれ

さあ 世界史を語ろう。 第60回 議会の発展

 イギリスでもフランスでも、議会の開催を求めたのは封建貴族である。求めた理由も強大化する国王権とそれにつながる都市市民層に対抗するためである。もっとも、イギリスでは上院、下院、フランスでは僧侶、貴族、第三身分からなる三部会という異なった形にはなったが、議会に権利擁護の場を求めたことは同じである。
 しかし、開催された議会において、イギリスでは単に国王からの課税を承認するだけという機関に留まらず、立法機関へと発展していったのに対し、フランスでは絶対君主化した国王からの課税に、同意と承認を与えるだけの限定的な機能しかもたない機関に留まってしまった。
 この違いの理由として、イギリス議会に参入した騎士階級や都市市民層の経済的自立をあげることがあるが、ではなぜ、イギリス側が経済的に自立できて、フランス側が自立できなかったのかという疑問が残る。
 自立の条件として、上からの圧力が強いか弱いかという要件が考えられるが、国王権が百年戦争、ばら戦争を経て強大化したというのは、イギリス、フランスどちらも同じである。となると、これはもう、イギリス人の方が時代の変化に対して、適応力が優れていたといわざるをえないのではなかろうか。
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by nogi203 | 2005-03-25 13:34 | 歴史分析

ベース・アップ

 今年の春闘では、一時金については労働側の要求が通ったが、ベース・アップについては拒絶された。なぜ、このような結果がでたのか。なぜ、企業側はベース・アップ要求に応じないのか。
 それには、退職給付会計の導入が関係している。退職給付会計においては、過去勤務分についても債務認識するように求めている。そのことは、企業年金に照らした場合、非継続基準に対する積立額が膨らむことを意味している。積立額が膨らめば、積立不足が生じるおそれが大きくなる。そして、現実に積立不足が生ずれば、不足分を埋めるために掛け金供出を求められることになる。
 このような結果が生ずるベース・アップを春闘ごとに認めていては、企業は積立不足を埋めるために稼がなくてはならないという立場に立たされてしまう。だからこそ、一時金としては認めても、ベース・アップとしては受け入れられないということになる。
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by nogi203 | 2005-03-24 14:04 | その他

さあ 世界史を語ろう。 第59回 ジャンヌ・ダルク

 中央集権化への方向性が明確になり、領民への支配力が後退した封建領主は、生存への道を自らを傭兵化することに見出した。そのような傭兵が主力となって百年戦争が戦われたわけであるが、彼らに戦争への大義などというものは始めからあるわけはない。ただ、金で雇われて戦っているだけである。
 そのような戦争が百年近くも続いていれば、戦う気力などというものも失われていくものであろう。フランス国内の領土がイギリス国王のものになろうと、それは国王の問題であって、我々貴族達とは何の関係もないという気持ちであろう。そこには、傭兵であろうとフランス人であるという意識もすでに消えかかっていたとみなせなくもない。
 そのような無気力状態の中に、改めて、フランス人としての意識を目覚めさせる声が上がったとすればどうなるか。気にとめる者は誰もなく、聞き流されることになることが凡そのことであろうが、ただ、その声の中に今までとは違う何か新鮮なものを感じたとしたら、彼らの国民意識は蘇るに違いない。
 ジャンヌ・ダルクの呼びかけは、まさに、そのような役割を果たしたといえようか。しかし、なぜ、彼女の呼びかけだけにそのような反応が起こったかは明らかではない。
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by nogi203 | 2005-03-24 13:41 | 歴史分析

さあ 世界史を語ろう。 第58回 競争社会の出現

 大学の発展により、官僚に登用しうる人材の供給に目途がついたとはいえ、官僚には俸給を支払わなくてはならない。その俸給はもちろん金銭であるが、国王には金銭を獲得する手段がない。そこに都市の発展という新しい展開が生まれてくる。そして、その都市の発展を促したものは、商業活動とそこに従事する商人たちの活躍である。国王は彼らから取り立てる税によって、官僚への俸給を充当することになり、金銭面の問題は解消する。 
 そうして、中央集権国家が封建領主を圧倒して成長していくことになるが、これだけをみれば、商人達は国王から一方的な収奪にあっているかのようにみえる。しかし、国王による国内の統一は秩序の形成、治安の安定という面では、明らかに商業活動にとってのメリットであり、その点、国王と商人は一致した利害を有していたといえよう。
 とはいえ、商業活動は何よりも国家の規制を嫌うものであり、国家が強力になりすぎることを警戒するものであろう。という意味において、商人のそうして意識がもっとも強く現れたのがハンザ同盟ということもできようが、ただ、国際的な商業活動を行うものがハンザ同盟だけでないとすると、競争関係に直面せざるをえなくなる。そうした場合、国家の強い後ろ盾があるとないとでは競争の優劣にもはっきりとした差が生じてくるものであろう。
 となると、強い国家的支援を受けたイギリス、フランス、スペイン、ポルトガルとの競争では劣勢にならざるをえなくなる。そうした事態をかえりみれば、強い国家が成立することは、多少、規制は厳しくなるけれども、国際競争の場では受け入れざるを得ない事といわねばならないということか。
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by nogi203 | 2005-03-23 14:17 | 歴史分析

愛・地球博いよいよ開幕

 愛・地球博がいよいよ開幕。
 期間は3月25日から9月25日までの6ヶ月間。
 この6ヶ月間という期間は重大な意味がある。
 なぜ、6ヶ月間でなければならないのか。
 それは、国際博覧会条約の第3条で、期間を6週間から6ヶ月以内と定められているからいえば、それまでである。
 しかし、日本で万国博覧会を開催する場合、それ以上の意味がある。
 万国博覧会では、企業がパビリオンを出展するが、このパビリオンは開催期間が6ヶ月を越えると、健康保険法や厚生年金法の適用事業所となる。(健康保険法15条の2、厚生年金保険法12条)適用事業所となれば、そこで働いているコンパニオン等の従業員は健康保険や厚生年金保険の被保険者となる。被保険者となれば、企業には保険料の事業主負担分の負担義務が生ずることになる。
 余計な出費は避けたいのは企業として当然のことであるから、このような法律の規制は目障りである。それが、6ヶ月以内と期間が限られていることは、企業にとって面倒な対策の一つがはじめから除去されているようなものである。このことは、企業にパビリオン出展の意欲を与えることにもなる。6ヶ月以内という基準がどのような根拠をもとにしたものかははっきりとしないが、すくなくとも、日本の企業にとってはありがたい基準というしかない。
 
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by nogi203 | 2005-03-22 13:57 | その他