日々の出来事から、思ったこと、感じたことを綴らせてもらいます。
by nogi203
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国民健康保険法の成立。

 健康保険法の成立で画期的であったのは、国庫負担のある社会保障制度が始めて誕生したことである。しかし、その結果、軍事費の削減に焦燥感を抱いた軍は、軍事クーデター等により、自らの意思を国家予算に強要するようになる。軍の決意がそれほどであるならば,国民健康法の成立(昭和13年)には、猛烈に反対しなければならなかったはずである。ところが、実際は、国民健康保険法はむしろ軍の方から要求して成立が図られたという経緯がある。
 理由は、徴兵検査において農民の体力が劣化していることが明らかになったからである。農民は兵として最大の供給源であり,その農民の体力が劣化したのでは、強い軍隊を作ることができない。それでは困るというので、軍は農民が進んで医療を受けるよう国民健康保険法なるものの成立を要求したのであるが,ただ、問題は健康保険法と同じように国庫負担を課せてはならないという点である。そのようなことになれば、軍事費に社会保障費が益々食い込んでくる。軍の要求はまことに都合のよいものであったが,結果的には国民健康保険法は成立してしまう。
 しかし、国庫負担のないことのしわ寄せは、医師にかかってくる。国庫負担があるからこそ、診療費を低く押さえられるのであるが,それがなく、しかも低料金で診察しなければならないとなれば、医師の収入は低いままである。これでは、農村医療に従事しようという医師も現れず,農民もせっかくの保険制度の恩恵にあずかれない。健兵健民政策を企てた軍ではあったが、国民健康保険法は、その名前とは裏腹な結果しか残せなかったといえようか。
 しかし、健康保険制度に関しては,それ程、国庫負担に否定的であった軍ではあるが,こと年金制度に関しては、不思議にも圧力をくわえるそぶりを見せない。昭和14年成立の船員保険法や昭和17年成立の労働者年金保険法、そして、昭和19年改正の労働者年金保険法では、事務費だけでなく給付の一部にまで国庫負担が課せられている。本来ならば,軍は頑強に抵抗しなければならないはずである。
 この時期成立した年金保険法により徴収された保険料は軍事費に転用されたというのはよく知られた話であるが、その成立経過を見ると,保険料の転用は年金保険法が成立してから決められたことではなく,あらかじめ軍事費に転用することが決められていて成立されたのではないか推定される。即ち,軍は保険料を軍事費に転用することを条件に、年金保険法の成立を容認したのである。
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by nogi203 | 2006-11-02 15:44 | その他
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