日々の出来事から、思ったこと、感じたことを綴らせてもらいます。
by nogi203
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健康保険法の成立。

 社会保障は国家の責務である。しかし,明治初期の国家にはそのような認識はなかった。わずかに「人民相互の情誼」とか「隣保相扶・親族相救」を原則とする布達を出すだけに留まって入いた。
 社会保障への認識がその程度であるから、国家財政上、予算の編成は始めから社会保障費の支出を考慮に入れていない。従って、その分は軍事費の増額に傾注できるのであるから、戦争もやりやすかった。国が貧しい中、日清、日露の戦争を財政的に乗り越えられたのは、そうした理由があったからともいえなくもない。
 しかし、社会保障への考慮はなかったといっても、国家目的の遂行上、軍の力に依存せざるを得ない状況では,軍人と軍事輸送を担う鉄道員に付いてだけは、例外的に考慮せざるを得ない。そのため、軍人に対しては恩給、鉄道員に対しては勅令による共済組合が設立されるが,それは、あくまで例外的扱いであり,社会保障が軽視されたいた状況に変わりはなかった。
 社会保障に対する国家の認識がその程度のものである限り、民間人への社会保障対策は民間人事業者による篤志的な行為に委ねざるを得なかった。鐘紡の武藤山治が起こした共済事業などはその例であろう。しかし、そうした篤志事業はあくまで家族経営的な事業内に留まるものであり,権利として社会保障の恩恵を受けていたものではない。従って,事業家自身に篤志的な精神がない場合,あるいは志はあっても資金がない場合,民間労働者は社会保障の恩恵から置き去りにされるしかなかった。
 そうした社会保障に対する為政者の認識を一変させたのは、ロシア革命と米騒動である。この革命及び事件によって日本の為政者は、労働階級を慰撫する必要性を痛感することになるが,その結果として生まれたのが健康保険法である。この健康保険法が画期的であったのは、労働者拠出と事業主負担に加えて、保健給付の費用の一部と事務費に、始めて,税による国庫負担が盛り込まれたことである。
 しかし、国庫負担が盛り込まれたことは、従来の予算編成に大きな歪みを生じさせることになる。本来ならば,軍事予算として配分されていた分が、以後、社会保障費として配分しなければならなくなるのである。そして、その流れが次々と広がっていくならば、軍事予算の配分は益々少なくなる。おりから、世界はワシントン条約の締結により軍縮が進められている。これでは、軍人は焦らざるを得ず,焦りがいつまでも解消されないのであれば、次第に怒りに変わっていく。その果てに軍事クーデター等による強硬な意思の強要が生じたとするならば,健康保険法の成立は国家の行方をとんでもない方向に曲げてしまったということになる。もちろん、社会保障の恩恵を与えることは国家の責務であり,健康保険法成立に国家指導者は責任を負うべきものだはないが、ただ、結果的に軍人への根回しにぬかりがあったというべきか。
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by nogi203 | 2006-10-29 16:59 | その他
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