日々の出来事から、思ったこと、感じたことを綴らせてもらいます。
by nogi203
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一党独裁制の恐怖

 昭和20年代前半、日本においては労働組合の組織率は50%を超えていた。そして、労働組合運動も盛んであった。しかし、労働者政党は政権を取るには至らなかった。その理由は、労働組合の組織率は高かったとはいえ、労働者の内に占める雇用労働者の率は44%に過ぎなかったことに尽きる。残りはまだ、農業労働者のままに留まっていた。
 農業労働者にとって生活の基盤となるものは農地である。仮に労働者政党が政権を取った場合,その農地が労働者政権に取り上げられるのではないかという不安を農業労働者はいだく。当然、労働者政党には投票せず,保守政党に投票する。こうして、日本の共産化は避けられ、保守政権が維持された。保守政権はいわば、この時、農業労働者に借りを作ったわけであるが、その借りは以後、農業保護という形で農民に還元されていくことになる。
 それはともかくとして,農業労働者にそうした選択を可能にさせたものは、選挙を通じて支持政党を選ぶと言う普通選挙制度が実施されていたことを忘れてはならない。もしこの時,普通選挙制度がなく、複数政党が存在していなかったならば、農業労働者はその生活基盤である土地を、労働者政党によって、どのように処分されていたかわかったものではない。
 それは現在、中国において現出されている事態を見れば、容易に想像することができる。現在、中国においては農民暴動が頻発しているが、その原因は官憲による土地の低価格による買収であり,実質的な没収である。中国に普通選挙制度があり、複数政党が存在していたならば,中国農民は選挙において共産党以外の政党に投票して、このような土地政策を中止させることができるであろう。それができないのは、一にもニにも中国が共産党の一党独裁政治であり,政権交代の選択肢が封じられているからに他ならない。
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by nogi203 | 2006-09-03 16:48 | その他
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