日々の出来事から、思ったこと、感じたことを綴らせてもらいます。
by nogi203
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さあ 世界史を語ろう。 第232回 パックスブリタニカの終焉

 平和は、調停者たるものの調停力の強さによって維持される。
 第一次世界大戦以前、その調停者たるべきものの地位に就いていたのは、いうまでもなくイギリスである。いわゆるパックスブリタニカの時代である。ところが、セルビアのサラエボで起こった事件は、このイギリスの調停者としての地位を根本から揺るがすことになる。
 事が、事件の当事国オーストリアとセルビアの間で収まっていれば何の問題もなかった。しかし、オーストリアの後ろにはドイツ、セルビアの後ろにはロシアがいるとなると、三国同盟と露仏同盟の戦いとなる。そして、その戦いで、もし、ドイツが勝つようなことがあると、ドイツの立場は列国間で飛躍的に高まることは明らかである。
 ドイツの立場が高まるということは、イギリスの立場が相対的に弱まるということである。イギリスは調停者としての地位にあるわけである。立場が相対的に弱まるということは、調停者としての権威も低下するということである。それは、ドイツがイギリスの指示に従わなくなるということに他ならない。
 とすれば、イギリスとしてはドイツに勝たせてはならないという選択肢をとらざるをえない。ということで、イギリスはロシア、フランス側に加わって参戦することになるのであるが、ここで、イギリスの参戦によって、ドイツがすぐに降伏してしまえば、イギリスの調停者としての地位は保たれたであろう。
 しかし、現実は違った。ドイツは容易に降伏せず、戦争は長期に渡ることになる。調停者云々というのであれば、この時点で既に、イギリスは調停者としての地位を失ったと見るべくであろう。しかし、イギリスはそれに気づかず、なおも、調停者としての地位に執着する。そのため、味方に引き入れられそうな相手に対してなりふり構わず、譲歩の誘いをかける。ユダヤにも、アラブにも、そして、日本、イタリアにも。
 イギリスは世界中に保有する権益の切り売りによっても、ドイツの勝利を防ごうとするが、そのような切り売りが戦後に禍根を残さないはずがない。イギリスはその禍根を調停者としての地位を失った自分に代わり、国際連盟なるものの創設によって切りぬけようとするが、それは、明らかにひとつの時代が終わったという証明に他ならないであろう。
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by nogi203 | 2006-01-30 14:25 | 歴史分析
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