日々の出来事から、思ったこと、感じたことを綴らせてもらいます。
by nogi203
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使用者の逆襲

 市民社会では契約の自由が大原則。しかし、現実に労働契約締結の場面になると、使用者の立場は強く、労働者は弱い。その状況を契約自由だからといって、放っておいては使用者有利の労働契約ばかり成立してしまう。だから、労働契約においては、労働者を保護しなければならない。
 そのための法律が、労働基準法を始めとする一連の労働者保護法であるが、保護は厚くなりすぎると、今度は逆に、労働者の過剰な要求までに発展してくることになる。そこで、労働者の権利を抑制する動きが生じてくるというのが、これまでの世界の労働問題の経過ではなかったか。
 例えば、1935年成立のアメリカのワグナー法は、労働者の団結権、団体交渉権を認め、使用者の不当労働行為を禁止したが、次第に、厚すぎる保護に対する抵抗感が強まり、遂には1947年、今度は逆に、労働者側の不当労働行為を認めるタフト・ハートレー法の成立をみることになった、というのはその典型であろう。
 日本においても、戦後の労働問題は、労働者保護を厚くするという傾向で進んできたと見てよかろう。それには、野党の攻勢に対する与党自民党の自衛策としての一面があったともいえよう。
 しかし、ここにきて、世界経済のグローバル化、大競争時代への突入によって、労働者保護ばかり強化していては、競争に取り残されるという認識が定着してきた結果、労働政策に変化が現れ始めている。
 労働契約継承法の成立や、労働者派遣法の規制緩和、同じく、企画立案型裁量労働制の規制緩和、そして、年棒制の適用拡大などが、その例ではなかろうか。
 いわば、これらは、今までの厚すぎた労働者保護に対する使用者側からの逆襲であるという見方もできよう。
 もちろん、こうした新しい労働政策に対し、労働者側から法律の運用をめぐって、訴訟が起こされることも予想されるであろう。それは、やむをえないことである。
 
 しかし、そこで問題は司法の判断である。
 労働者側に立った判断を下すとなれば、労働者保護は以前のままになってしまう。それでは、グローバル化に対応して、法律を整備した意味がない。
 一方、経営者側に偏りすぎた判断を下すと、せっかく築き上げてきた労働者保護精神が崩れてしまうことになる。
 したがって、司法としては、グローバル化を睨みながら、過剰に労働者保護になってもならず、かといって、労働者を抑圧しすぎてもならないように、バランスのとれた判断を下さなければならないという事態に直面しているともいえよう。まさに、その判断に日本の未来がかかっいるといっても過言ではあるまい。
 かって、台湾企業にプラント生産技術設備の技術指導をして、一定の利益を得ていた労働者を、情報機密の漏洩として訴えた使用者がいたが、司法は損害を認定できないとして請求を棄却したことがあった。(美濃窯業事件、名古屋地、昭61.9.29)
 こうした判断は、その後の情報機密漏洩の判断を甘くしてしまったとも解せることができる。その結果、日本の家電業界は、世界での市場占有率を後退させることになったのであるから、司法判断はもう少し、慎重になされなければならないということになろう。
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by nogi203 | 2005-01-16 17:12 | 労働基準法の穴
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