ナポレオンは自分が歴史に登場してきた経緯が特異な事態によるものであることをようく理解していた。だから常に、政局を睨むことを忘れない。そして、政局を睨んでいるが故に、その行動も常に政局を意識したものとなる。
政局の均衡状態が若干安定したとすれば、ことさら安定を揺るがす行動をとる必要はない。黙々と、次ぎの政局の動きだすのを待つだけである。しかし、待つといっても、ナポレオンのことであるから、常人の待つという状態とは異なる。エジプト遠征などという軍事行動も、ナポレオンにとっては、待つ間の行動である。しかし、そのエジプト遠征の途中で、政局が動き出したと見れば、エジプトを脱出することを躊躇しない。
この時の政局の動きとは、左派の勢力が増大し、均衡が崩れる兆しが見えたことである。そのような時こそ、均衡維持を望む勢力はナポレオンの登場を期待するのである。そして、その期待は一般民衆の間にまで拡大する。
そのような政局の動きを察すれば、ナポレオンの行動に迷いはない。軍の力によって、左派に牛耳られようとする議会を支配し、ここに、総裁政府の一員としての地位を占めることに成功する。世に言う、ブリューメールのクーデターである。