日々の出来事から、思ったこと、感じたことを綴らせてもらいます。
by nogi203
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両国勇治郎とは。

 新入幕で優勝すれば、大正3年5月場所の両国以来ということで、逸ノ城と共に両国勇治郎という力士も気になった。プロフィールは以下の通りである。
 明治25年(1892)3月18日生。大正3年(1914)入幕、最高位は関脇、本名松崎勇治郎、172センチ90キロ、幕内通算成績 92勝72敗3分 勝率5割6分1厘 優勝1回

 下位時代も強く,十両で2場所連続土付かずの好成績を上げて入幕した場所に優勝、一躍人気者になる。
 美男、腕力有り,足腰抜群、左四つのやぐら投げ、小手投げ、絡み投げなどハツラツとしたスピーディーな動きと連続技で大暴れした。そのやさしげに見えるふくろはぎにひとたび力が入ると鉄のように引き締まった。両国に足を蹴られた相手の足は、掛けられたところにひどい擦過傷ができた。正真正銘の筋金入りだった。
 酒が入れば、芸者衆に「明日はやぐら投げだ」「あすはつかみ投げを見せてやるから、絶対見にこい」と広言。実際、やってみせた。こんなふうだから、大技を狙いすぎて小敵に不覚を取ることもしばしば。稽古場では栃木山にこそ分がなかったが、横綱大錦をころころころがしたそうな。
 晩年弱ったが、大正10年春までの成績なら勝率6割5分5厘にはねあがる。作家の田村俊子がその男前と相撲ぶりに惚れたそうである。

 以上古今大相撲事典より。(読売新聞社発行)

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by nogi203 | 2014-09-29 14:42 | その他
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