日々の出来事から、思ったこと、感じたことを綴らせてもらいます。
by nogi203
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決められない政治。

 国民の意思を政治に反映させるためには、議会制度は不可欠である。しかし、そのあまり、隅々にまで国民の意思を反映させようとすると、議会制度は何も決められない事態に陥ってしまう。まさに、今の日本の国会がその状態である。
 1922年(大正11年)第45回帝国議会は健康保険法を成立させる。この法案は上程から可決成立までわずか2週間であったという。しかも、無修正であったともいう。なぜ、そのようなことができたのか。1925年(大正14年) 普通選挙法が成立して、有権者の数が増加する。1922年というのは、その前であるということであり、有権者の数が少なかった時期ということになる。物事を決めるには、人数は少ないほうが決めやすい、ということを実証したようなものである。
 1938年(昭和13年) 国民健康保険法が成立する。健康保険法の適用範囲は工場法、鉱業法適用事業所の労働者に限られていたが、この法律によって農民層にも保険が適用されることになった。もっとも、農民間の相互扶助が原則で、国庫負担なしであったから、医療費は全額自己負担となり、支払い能力のない農民はほとんど利用できなかったという。それよりも問題は、この法律の成立が議会主導で行われたものではなく、軍部の圧力で成立したことである。徴兵検査の結果、農民の体力低下が顕著であったことを憂慮した軍部は,兵の最大の供給源である農民の健康維持のため、健康保険法の必要性を痛感する。そこで政府に圧力をかけた結果がこの法律ということであるが、このことの問題点は政府が決められなかったことが軍部の圧力によって決められたということである。普通選挙法の成立は有権者の数を増やしたが、その分、議会制度の中では物事が決めにくくなっていたということか。
 1961年(昭和36年)4月、国民皆年金、国民皆保険体制がスタートする。この体制の元となった国民年金法及び新国民健康保険法はともに、議会制度の中で成立したものである。女性の選挙権が認められ、有権者の数が倍増して、議会制度の中では物事が決めにくくなったはずであるのに、これらの法律の成立は異例な出来事と言わねばならない。しかし、この時期、議会は自由民主党が衆議院、参議院ともに過半数を制していた特異な時期である。事実、法案は自由民主党の単独採決で可決されたのである。実際のところ、議会制度の中では、そのような状況でもない限り、物事はスムーズには決まらないものであろう。
 今般、大阪維新の会が議員定数を半減させるという案を発表した。物事は人数が少ないほど決めやすいという原則があるとすれば、この案は一考に値する。決められる政治を目指すという大阪維新の会ならばこそである。反対する政党があるとすれば、それは物事が決めにくい政治をこのまま続けたいといっているようなものである。
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by nogi203 | 2012-09-05 15:07 | その他
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